いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

コンクリの電柱しやきつと夏日射(あ)

 カミさんが来ると、家事をいろいろやってくれるから助かる。

 今日は2階デッキに洗濯物を大量に干してくれた。のはいいが、雨がぱらぱら落ちてきても、掃除機をがりがり動かしている。それにはさすがにむっときた。

 そのとき私は庭で枯れ枝を電鋸で切り刻んでいた。「雨だ、雨が降ってきた」と叫んでカミさんに知らせても、カミさんは知ってか知らずか掃除機を回し続けて洗濯物を取り込もうとしない。で、私がどかどかと2階に駆けあがって干してある洗濯物を室内に入れた。

 そのとき、デッキに出してあったベンチに足の小指をしたたかうちつけた。血こそ出なかったが、その痛みに顔が歪んだ。ぎゃっと叫んだが、その叫び声が聞こえたんだか聞こえなかったんだか、すました顔して掃除機をかけ続けていた。それでますますむっときた。

 でもいいか。「のどごし<生>」と「いいちこ」を下のスーパーから運んでくれたから。許す。

 南隣の空き地が売りに出ていることをカミさんに話したが、カミさんはまったく興味を向けてこなかった。こりゃ脈がないなと思ったからそれ以上話すのをやめた。

 カミさんにとっては、今住んでいる横須賀がすこぶる心地がいいみたい。本当はずっと住み続けたいんだろうな。そうだよな、小さい頃からの思い出がいっぱい詰まってる街だものな。くたびれた野郎と伊豆くんだりで一緒に暮らすこたあねえよ。

 私もだんだんそう思えるようになってきた。

 

【きょうの一枚】元に戻った電信柱。

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 桜の古木が根元から裂けて、土手道下の沈砂池側にかしいだ。電気は東京電力の管轄だが、電話線はNTT。たてる支柱が違う。かしいだコンクリート支柱はNTTのものだった。

 昨日、市役所からの連絡を受け、今日の倒木撤去工事に繋がった。おかげでかしいでいた電信柱がしゃきっと元に戻った。ありがたい。これで週末にまた来るという大雨に備えることができる。

 

【書】「遇否」グウヒ(No.1,451)

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「認められて世に出ることと、世にいれらないこと。運不運。」(『旺文社漢字典第2版』)

「遇」は、辶(道)と、音を表す禺(グ。両方の意→偶)とで、両方が道で行きあう意を表す。

「否」は、口と不(フ・ヒ。否定の語)とで、口ではっきり否定する意を表す。

 

【ディジタル画】『彼岸過迄』停留所 十一(No.891)

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 敬太郎は須永のお母さんと話をする。須永は留守で、お母さんの実弟にあたる叔父さんのところへ行っているらしい。

 この叔父さんとやらが「何にもしないで贅沢に遊んでいられる位」の人のようで面白い。その血を須永も多少引き継いでいるみたい。で、それが敬太郎を苛立たせる素にもなっている。

 昔は、大学を出ても職に就かないでぶらぶら遊んで暮らす人が結構いたみたいだ。それで生活できちゃうんだから、ありがたい世の中だよな。

 「御羽うち枯らす」という言葉が出てくる。この言葉を久々に耳にした。

 「御羽うち枯らす」とは「落ちぶれて、見るからにみすぼらしくなる」くらいの意。「御羽」は正しくは「尾羽」で、鷹の尾っぽの羽のこと。かつて立派だったものも落ちぶれた姿に成り果てたら、さすがにそれは見るに堪えないだろうな。

 

【昭和の風景】171

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 古い昔話の「カチカチ山」色塗り第3弾。

 狸汁にされるはずの狸が難を逃れて腹鼓の踊りを婆さんに見せるシーン。藁屋根の軒先が室内にあるのは愛嬌。所詮、昔話の挿絵だもの。

 

【タイムラプス】6/8(木)6:36〜9:22の伊豆長岡の空。20秒。

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