いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

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#いずぃなり2026_10

 

【きょうの一枚】

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 公民館広場の桜葉を拾い集めていたら、蜥蜴がプランターの下から顔を出した。蜥蜴は手元の歳時記だと夏の季語。てっきり春の季語だとばかり思っていた。

 蜥蜴の逃げ足は意外に早い。姿を見てからポケットのケータイをまさぐるようではOsoi

 8月が過ぎた。どころか9月が過ぎた。あれから一カ月半。あれから、というのは、MacBookNeo購入を決めてから、一月半掛かったということだ。

 今日で支払いを終えたけど、製品はまだ受け取っていない。これがMacだ。sin抱ついでに、もう少し待つことにしてみた。

 待つのはいいが、それにしても遅すぎる。熱が冷めちゃうよ。

 あと10年も持たないteenoに10年mo持timasen。


【ディジタル画】

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「おめどわど ふとじ としだきゃな。」(あなたと私は 同じ 年齢ですね。)の意。

叢にみな集まれや秋の虫

 

#いずぃなり2026_09


【きょうの一枚】

 2組7組共有のゴミステーション(この地区は1組〜8組まである)に、ゴミを捨てに行ったら既に青いゴミ収集車が来ていた。最近はくるのが早い。てか、ゴミを遅くに出す私が一方的に悪い。青い車が早く来すぎるのが悪いわけではない。

 脛に傷を持ちたいというわけではない。が、結果として、生傷が絶えない。これすべてバイク自爆の傷だらけ。裸の付き合いとはいえ、みっともなくて大浴場に仁王立ちできない。

 ここの日帰り温泉の効能・泉質は「きりきず」というから、昔から「きったはった」の刃傷沙汰とは縁が深い。今はバイク。転けた傷を癒す。裂傷は最初は結構染みるが、それさえ我慢すれば治りは早い。温泉療法は下手なリハビリよりよほどいい。 

 ゴミの回収が終われば、仕事も終わり。回収後に転けたって知ったことか。勝手に転けたほうが悪いに決まっている。

 ゴミ回収車が去ったあと、通りかかりの車が停まってくれて中から声がかかった。「だいじょうぶですか」。見れば判る。だいじょうぶじゃない。

 聞くと、自転車でゴミを出すときに、自転車ごと転けたという。そう言う意味では危険な場所だ。

 ここからは富士山がよく見える。富士山に見惚れすぎないように注意しないといけませんね。てか、それよりも早く出すゴミを決めなくちゃ。


【ディジタル画】

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 「ふとげり えさ あしびにこいへ。」(一度 我が家に 遊びにおいでよ。)の意。

 

葉の朽ちて姿を見せて金木犀(あ)

#いずぃなり2026_09


【きょうの一枚】

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 ダブルの台風、いや、トリプルの台風に気を取られていたら、金木犀が咲いているのに気が付かなかった。

独特の甘い匂いは消え、確かにオレンジ色の小さな十字の花が雨に濡れた敷石にこびりついていた。

 朝夕めっきり涼しくなり、熱中症はどこへやら。

 セミの鳴き声に代わって、道の叢から漏れる声が賑やかに聞こえる季節になりました。やっぱ秋って、風情あるなあ。まとめきれないや。

 角田光代さんの文章を模写している。ナズナの母・珠実は、自分の娘・ナズナの二十歳の誕生日を銀座のビアホールで祝うと決めていた。その箇所を擦り切れるほどまで読んで覚えているのは、「珠実」の振り仮名変換がうまくできなかったからである。おもう

 こんなくだらないことに時間を費やしている。それが模写だ。

 そこまでして何のメリットがあるか。メリットがあるから私は模写をやっている。つまり、模写することによって、その人の息遣いまで心酔ことをよしとしているのだ。それが摸写だ。模写とはそういうものだ。

 「さて、これからはどんな大人になっていくのか。来年の誕生日からはきっと友だちと過ごすだろう。恋人ができるかもしれないし、ふられるかもしれない。どちらにしても乾杯の多い人生でありますようにと、珠実は祈るように思う。

 どうか「乾杯の多い人生でありますように」!

 

【ディジタル画】

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「あえがら ふつらど おどこね。」(あいつから 突然 連絡が来なくなった。)の意。

 

松が枝のぼつくり高い月見かな(あ)

#いずぃなり2026_09


【きょうの一枚】

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 庭のクロマツの松枝がぽっきり折れた。立ち枯れの松枝がプラスチックの波板を突き抜けて、下の車庫に突き刺さっている。自家用車が何台か通った形跡が見られるが、何事もなくてよかった。

 周辺には松ぼっくりが散乱している。松ぼっくりを取ろうにも手が届かない。チェンソーの出番かなと思ったけど、それはなかった。自然に天から降って来た。

 

【ディジタル画】
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 その1「しるまなががら  さげこ飲んで。」(まっぴるまから 酒を飲んで。)の意。

 「酒は静かに呑むべかりけり」。酒の勢いを借りて呑むのは、本来の呑み方ではない。とは言うものの、酒は楽しく呑みたい。いつもそう思う。

 この年になって、酒の呑み方が少し変わってきたように思う。「酒は静かに呑むべかりけり」。これですよ、これ。昼間からどんちゃん騒いで呑むのはいけません。

 昔は平気でそういう呑み方をしていた。自分が楽しけりゃ相手も楽しいと思い込んでいた。

 そういえば、漢文の先生とはよく呑み屋で会ったなあ。「こんなところで何をしている」と野暮なことは言わない。見れば判るこった。なんとなく、少しだけ大人という人間が判ったような気がした。あの先生、今も生きてほごほご言ってるのかなあ。昔は「古典乙I」という科目があって、その中に「漢文」もあった。ほごほご先生は漢詩の大家でもあった。

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 その2「ふぐば そごさ ふかげで け〜。」(服を そこに ひっかけて ください。)の意。

百福も宇宙かと天の川(あ)

#いずぃなり2026_09


【きょうの一枚】

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 研修フロア。受付のテーブルは出されているが係の人がまだ到着していない。早く着き過ぎたみたい。仕方がないと時間までテーブルの横に寝そべっていると、昼休みが近づいたのか、ハイヒールの音が賑やかになった。コンビニで弁当か何かを買い求める女性が増えたみたい。決して安上がりとはいえない。が、ばかすか売れる。あれは何だろう。

 そうか、まな板と包丁を使わないで済むからだ。スーパーで買う野菜と違うのはそこだ。コンビニは作りやすさではなく、食べやすさを求めてるんだ。スーパーで買って来たカップラーメンにお湯を注いでそう思う。そういや、カップラーメンって、安東百福が発案した究極の宇宙食だもんな。

 バイクの運転の仕方が変わった。雨上がりのマンホールに気をつけるようになった。雨に濡れたマンホールの蓋にタイヤを滑らせて、そのまますっ転ぶ自爆事故を頻繁に起こしている。

 側溝の蓋にも注意。それらを加えたら事故は倍じゃ済まない。この前なんか鉄板にタイヤを取られて、危うく横転しそうになった。バイクは危ない。自転車も危ない。ともかく2輪車は危ない。研修で教わった。ヘルメットは必需品。あるなしでかなり違う。

 バイク事故を幾度かしたが、その度に思うのはヘルメットの大切さ。命を長らえるためにもお年寄りのみなさん、ヘルメットを着用しよう。


【ディジタル画】

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 その1「なすてそやって ぶすかるんだば。」(どうしてそうやって 叱るんですか。)の意。

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 その2「あんつか ふとえぎ へねがー。」(少し この辺で 一服しようよ。)の意。

 

 

どこをどう行けば三途の月見かな(あ)

#いずぃなり2026_09


【きょうの一枚】

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 「ここへ行きたいが、どこをどう行けばいいか」。研修のプリントを指し示して案内を乞うたが、警察官の服を着たその女性は「観光案内所」で訊いてくれろと案内せず。あたかも自分が何のためにそこにいるのか知らないかのような傍若無人ぶりである。でも、そういう人たちこそが、困っている人を助けたとして感謝状を贈られる対象となるのだろう。

 「観光案内所」は、結局、駅の2箇所にあった。在来線側と新幹線側と。なんだ、一箇所でいいのに。同じ情報を2箇所で流すと混乱する。情報は一箇所でいい。やたら親切にあちこち造るからいけない。当局は親切心のつもりらしいが、かえって混乱を招く。こういうのを〝余計なお世話〟という。

 果たして私は混乱した。どこへどう行けば自分の目的を達成できるのか見えなかった。

 駅前にあるバス路線図が最たるもので、知らなくてもいい情報が多過ぎる。情報があり過ぎて、どのバスに乗っていいか判らない。乗ったら最後、どこへ連れて行かれるか判らない。案の定、バスを2本やりすごし、案内所のスタッフが見かねて飛び出してきた。もっと簡素化して使い勝手よくできないものか。


【ディジタル画】

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 その1「わらすさ びろかげやねば そんどだね。」(赤ちゃんに よだれかけをやらないと もう大変だよ。)の意。

 高等学校の女子生徒の服装を揶揄して「よだれかけ」とよく言ったものだ。襟が丸く広いから、そのように見えなくもない。

 私は一度もそのように思ったことはないが、見る人から見ると、そう見えるんだろう。ちょっと幼すぎる格好なんだろうか。可愛いと思うんだけどなあ。

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 その2「なのへ 臭な。」(あなたのおならは臭い。)の意。

「おなら」は、よく話題にのぼった。誰が放ったか判らないように音の出ない「すかしっ屁」をしても、誰かが必ず言い当てる。特に津軽で言う「でごふぇ」。大根を食った後に出る屁のことで、とりわけ臭い。「おめだべふったの」。黙って知らぬ半兵衛を決め込んでもすぐにバレる。