いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

寄合の翁見送られ花馬酔木(あ)

 きのう(2/28)は、書面議決をすることになった定例総会の議案書を配る予定日だった。それが急遽配られないことになり、なぜそうなったかの理由を書いた文書を区長名で回覧することになった。
 昼、回覧の文言がこれでいいかどうか見てくれろと区長から電話が入った。急いで公民館に駆けつけて訂正を一箇所指摘し、組長宅への回覧配布を区長に任せ、私は大仁山里へ湧水を汲みに出かける。
 水汲み場へカブを走らせながらつらつら考えた。私には区長が務まらないのではないか。もっと他にふさわしい人がいるのではないか。引き受けたからには最後まで職務を全うするつもりではいるが、ここへきて俄然自信が萎えてきた。副区長なしでスタートすることにだんだん不安を覚えてきた。弱った、弱った、弱った。


【きょうの一枚】玄関先の馬酔木の花。

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 今年は馬酔木の蕾がわんさかあって、これが一斉に白色の壺状花を咲かせたらさぞかし豪勢かと思いきや、咲いているのはほんの一握りで、残りのほとんどは蕾のまま固くなって垂れている。
 近所の庭の馬酔木は満開を迎えているのに、我が庭の馬酔木はそれに比べてだいぶ見劣りがする。肥料という肥料を一切やったことないからな。全ての蕾を開かせるには、やはり愛情をこめて肥料を与えた方がいいのだろうか。う〜、判らない。判らないからそのままにしとけ。 


【書】「攻学(學)」こうがく(No.989)

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 「学問を修める。研学。」(『旺文社漢字典』第2版)
 「攻」は、工(こう。のみの意)に攵(攴)を加えて、のみを使ってあなを通す意。ひいて、ものを作る、「おさめる」意を表す。転じて、「せめる」意に用いる。
 「学(學)」は、両手を意味する𦥑と冖(家の省略形)と〓(こう。「メ」を上下に二つ並べる形。「がく」は変化した音。ならう意→効)とで、儀礼などの手ぶりをならう所。のち、子を加えて子弟がまなぶまなびやの意。ひいて「まなぶ」意を表す。


【ディジタル画】『吾輩は猫である』 106(No.429)

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 吾輩から見た囲碁観が面白い。
 「吾輩は世間が狭いから、碁盤と云ふものは近来になつて始めて拝見したのだが、 考へれば考へる程妙に出来て居る。広くもない四角な板を狭苦しく四角に仕切つて、目が眩む程ごたごたと黒白の石をならべる。さうして勝つたとか、負けたとか、死んだとか、生きたとか、あぶら汗を流して騒いで居る」
 なるほど、囲碁を初めて見る人からするとそう見えるかもしれない。対局している当の本人たちは互いに熱くなって八目の差も勘定しきれないのだけれど。
 すべて「Gガッシュ」で描いた。 


【タイムラプス】3月1日(火)6:47〜8:55の伊豆長岡の空。32秒。

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【新型コロナ】3/1(火)10:00現在(Yahoo!より)
新規感染者数→51,348(前週同曜日比 −636)
重症者数→1,461(前日比 −21)
累計死亡者数→23,670(前日比 +198)