【きょうの一枚】玄関アプローチ。
前の道路に覆いかぶさっていたカイヅカイブキを取り払った。
伐ったブツは庭の奥に捨ててある。
ついでに、前の道路に散らかっていた落ち葉を側溝に履き捨てた。
この側溝にはハクビシンが棲んでいる。鉄板の蓋をうまく屋根代わりにするところなんざなかなか賢い。
この前、ひょこっと顔を出した。「なんだお前」とばかりにじろっと睨んだら、それがハクビシンだった。近所のデブい猫かなと思ったが、よく見たら面に白い帯が見える。ハクビシンだ。物怖じしない。堂々としたもんだ。
思えばこの地区にはいろんな動物が棲息している。
その最高峰に君臨するのは、やはり「山の神」イノシシか。
ところが、先日の地方ニュースでクマが伊豆に出没したと知ってびっくりした。
10年ばかり伊豆に住んでいるけど、人がクマに襲われるなんて聞いたことない。本土だから「ツキノワグマ」だろうけど、そうか、伊豆もクマが平気で人を襲う地域になったんだ。桑原クワバラ。
ところで、イノシシとクマがガチンコ闘ったらどっちが勝つだろう。イノシシかな、クマかな、それとも両者痛み分けかな。
【書】「鄭」テイ(No.1,574)
「阝(邑)と、音を表す奠(テイ・ジョウ)とで、国名。」(『旺文社漢字典第2版
【ディジタル画】『道草』三十七(No.1,014)
「金鵄勲章」という年金があるらしい。
金鵄勲章は、日清戦争にものをいうことになり、庶民の間でも「金鵄勲章もの」といった流行語が生まれたという。流行語というからにはよほど流布したんだろう。それにあやかる格好で、島田(健三の養父」も動き出した。
そもそも「金鵄勲章」とはどういう勲章か。
勲章というだけで怯んだが、絵を描くのを趣味とするなら「勲章」だって避けてはとおれないだろうと思って描くことにした。
描いてみて判った。どんな勲章でも、勲章というからには重々しくなければいけない。
彩色の段になって役に立ったのは、浮世絵だった。
もしかしたら、勲章の厳かさは、かつての浮世絵に通じるものがあるのではないかとさえ思った。
【昭和の風景】東海道五十三次「草津」白黒(No.294)
東海道五十三次は、とうとう草津の宿場までやってきた。残すは「大津」「三条大橋」のみ。
五十三次の後は何にしようかと考えて、同じ東海道のよしみで、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』はどうかと考えた。「弥次さん」も「喜多さん」も静岡の出身なんだって。もちろん、作者の十返舎一九も。
で、十返舎一九のことをいろいろ調べていくなかで、彼の「辞世歌」に出会った。
「この世をばどりやおいとまにせん香の煙とともに灰さようなら」というのが、それ。
これ「辞世歌」だよ。すごくない? それだけで一九が好きになってしまった。
【タイムラプス】令和5年10月29日(日)6:31〜9:11の韮山方面の雨空。39秒。