いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

月光に濡れて艶艶毒茸(あ)

 70歳を過ぎて、どうやってこの世とおさらばするか、そればかり考えるようになった。

 70か。その年数に愕然とする。まさか、この私が70まで生きるとは思ってもみなかった。

 若い頃はそうだった。70の自分を想像できなかった。

 だけど、今は70を過ぎた老人として生きている。それが不思議。

 まさか、青森生まれ青森育ちの私が、縁もゆかりもない伊豆を終の住処に定めようとは思わなかった。ほんと、人生はどう転ぶか判らない。

 どうせ与えられた環境の中で生きるしかないのならば、自分のやりたいことをやるしかない。

 自分のやりたいことって何だろう。そう考えたとき、目の前に現れたのがディジタル画だった。

 ディジタル画はiPadとPencilさえあれが描ける。その手軽さがよかった。

 スマホで撮った写真をもとにディジタル画を描く。それがこれほど楽しいものだとは思わなかった。

 ハマった。そうして、これが自分がやりたいことだと思えるようになった。

 

【きょうの一枚】庭のキノコ。

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 庭のそちこちにじゃかすか生えている。食えるか。いや、食おうと思わない。こんなに簡単に庭に生えるのは毒キノコに決まってる。だから手をつけない。

 こいつをキノコ汁にして食いたいが、食ったらたちどころに悶え苦しみ息絶える。それが判っているから食わない。そのまま干からびるまで待つことにする。

 いや待てよ、先に干からびるのはキノコじゃなくてこっちかも。

 

【書】「審」シン(No.1,565)

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「宀(家)と番(散らばる意。播の原字)とで、もと、家の中に散らばった米粒を見分ける意、転じて、細かく見分ける、「つまびらかにする」意を表す。」(『旺文社漢字典第2版』)  

 

【ディジタル画】『道草』二十八(No.1,005)

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 男三人雁首揃えて何の話をしているかと思えば、軽井沢の立ち食い蕎麦の話だの、善光寺に「元祖藤八拳指南所」なる看板が懸かっていたなんて話をしている。島田が健三を家に連れ戻すのを断る話じゃなかったのかい。

 ここで出てきた藤八拳というのはどんな遊戯か。

 「藤八拳」というのは「狐拳」のことで、両手を頭の両脇にあげるのを狐、膝に置くのを庄屋、片手を前に出すのを鉄砲とし、狐は庄屋に勝ち鉄砲に負け、庄屋は狐に負け鉄砲に勝ち、鉄砲は狐に勝ち庄屋に負けと決め、向かい合った二人がそれぞれの身振りによって勝負を決める遊戯、なんだと。なんとも優雅な遊びがあったものだ。江戸明治の「じゃんけんぽん」のようなものか。

 

【昭和の風景】東海道五十三次「関(關)」色付け(No.285)

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 だめだ。色の塗り方がだんだん雑になってきた。どうせプロじゃないからという甘えがどこかにあるんだな。その甘えを取り除かないといけない。

 

【タイムラプス】令和5年10月20日(金)7:03〜9:23の伊豆長岡の空。34秒。

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