いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

金木犀だらけの里に犬吠ゆる(あ)

 谷村新司さんが亡くなった。スマホのニュース速報で知った。ややあって、財津一郎さんが亡くなった。これもスマホのニュース速報で知った。

 両者とも、私と全く関わりのない人だけど、ご活躍をテレビで見知っているから全くの他人事とも思えない。ああ、かつてテレビで元気な姿を見せていた人たちが一人去り二人去りしてこの世から消えていく。それがなんとなく寂しい。

 花は散っても次の年にまた新しい花を咲かせる。しかし、人間はそうはいかない。一度散ってしまえば二度と咲くことはない。

 一方で、これもスマホに勝手に送られくる速報で新しいiPadが発売されたことを知った。昔は、新し物好きの血が騒いで、新発売になったそばから手を出していたが、最近は食指が動かなくなった。

 新しいものを手に入れたからといって、それで一体何ができるのか。その未来図が描けない。要は、それだけ年をとったということだな。

 私はiPadとPencilでディジタル画を描いている。

 楽しいから描いている。カンバスもなく絵具もなく絵筆もないのに描いている。

 それは、描いて楽しいから。その一言に尽きる。

 だから、これからも描く。この世に生きている間、描けるだけ描く。

 描いたからといってそれが何になるわけでもない。だけど、描いて楽しいから描く。それでいいんだと思う。

 一度しかない人生だもの、みんなも好きなことをやればいい。

 

【きょうの一枚】散り始めた金木犀。

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 金木犀の花は一週間持てば御の字と思っていた。だから、カミさんが仏壇に備えるためだといって、この前伊豆へ来たとき、金木犀の枝をいくつか手折ってくれないかと頼んだが断った。そのうち、散った金木犀で床が始末に追えなくなるから、と。

 代わりに、山茶花と、野菊と、馬酔木を持たせてやった。

 これからは水仙が見頃だが、水仙はまだ芽を出していないから持たせられなかった。

 

【書】「賞」ショウ(No.1,564)

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「貝と尙(加える意)とで、功労に対して与える物の意、ひいて「ほめる」意を表す。」(『旺文社漢字典第2版』)  

 

【ディジタル画】『道草』二十七(No.1,004)

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 健三の兄・長太郎が比田宅へやってきて三人揃った。

 比田の言うことが面白い。

 「……今時分そんな事(家を出た健三が再び島田の家に戻ること)を持ち出すのは、丸で自分の殺した子供を、もう一返生かして呉れつて、御寺様へ頼みに行くやうなものだから御止しなさいつて。……」。

 健三は考える。

 「然しそりや問題にならないでせう。たゞ断りさへすりや好いんだから」。

 断るだけで問題がきれいに解決するなら、それに越したことはないけど……。

 

【昭和の風景】東海道五十三次「関(關)」白黒(No.284)

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 描くものが多くて、輪郭を描くだけでも一日じゃ終わらなかった。

 分業などなかった時代に、これだけのことを一人で描くのは並大抵のことではない。改めて、歌川広重のすごさを思った。

 

【タイムラプス】令和5年10月19日(木)6:13〜9:02の伊豆長岡の空。21秒。

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