いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

葉蔭より蓮華躑躅の火と燃えて(あ)

 きょうは地区清掃の日。
 地区清掃は年3回行う。
 この地区はちょうど1丁目から3丁目まで3つのブロックに分かれていて、年3回分を各ブロックに割り当てる。今回は第1ブロックが担当。担当になったブロックの組長さんはあらかじめ軽トラックと運転手の手配をしなければいけない。それで作業終了後に区長が軽トラを出してくれた方に商品券を配って回る。
 一昨年、昨年と2年連続で夏祭りは中止となったが、清掃活動だけは中止にしなかった。地区清掃はそれだけ地域のコミュニケーションの中心と捉えられているからだろう。
 「おたくのおじいちゃん、元気?」なんて言いながら鎌を振るう。「それがさあ、去年死んじゃってさ。今独り暮らしさ。あたしもいつポックリいくか判らないんだけんど」と近況報告をしながら刈った草を片付ける。
 地域のコミュニケーションって、案外そういうところから生まれるのかもな。私も元気なうちにせっせと顔を出すとしよう。


【きょうの一枚】庭のレンゲツツジ(蓮華躑躅)。

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 庭の蓮華躑躅はポツリポツリと咲く。うじゃっとまとまって咲かない。それがまたいい。


【書】「使丁」してい・しちょう(No.1,062)

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 「召使の男。」(『旺文社漢字典』第2版)
 「使」は、人と事(し。仕事の意)の省略形の吏とで、「つかう」「つかい」の意を表す。
 「丁」は、もと釘の頭の形、また釘の側面の形をかたどる。釘の原字。ひいて、あたる意を表す。借りて、十干の第四の意に用いる。
 「丁」の形がうまくまとまらず苦労した。何度も何度も書いた。それでも納得できるものは書けなかった。この世の中で「一」の字がいちばん難しいと思っていたが、どうしてどうして「丁」だって遜色ない。総じて、画数の少ない字のバランスを取るのは難しい。
 そういえば、榊莫山が「土」という字を何度も何度も書いていたテレビ映像を見たことがある。反故の中には「いい味が出ている」と思った字もあったが、ご本人は納得がいかなかったようで、ポイポイ捨てていた。


【ディジタル画】『三四郎』 63(No.502)

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 陸上運動会を見るのに飽いた三四郎は会場を出る。小高い岡の上から下を見下ろすと、そこによし子と美禰子の姿があった。よし子は野々宮の妹で、「如何な珍らしいものに出逢つても、やはり待ち受けてゐた様な目付で迎へるかと想像される。だから此女に逢ふと重苦しい所が少しもなくつて、しかも落ち付いた感じが起る」と三四郎には映るが、美禰子については「三四郎は心の裡で、火の消えた洋燈を見る心持がした」とある。
 「火の消えた洋燈」とはいかなる心持ちか。美禰子は三四郎にとって、明るく輝くはずの光を押し殺している謎の女、と映るのだろうか。 


【タイムラプス】5月15日(日)6:02〜7:10の伊豆長岡の空。34秒。

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【新型コロナ】5/15(日)10:00現在(Yahoo!より)
新規感染者数→39,416(前週同曜日比 +92)
重症者数→153(前日比 −3)
累計死亡者数→30,040(前日比 +30)