孫娘は昼前に伊豆の家に到着した。
そしてまたすぐに出かけていった。
友達の中学卒業を待って遊ぶ予定だったようで、友達と一緒にランチを摂って、ショッピングを楽しんで、映画を見て、夜遅く静岡から帰ってくるのだという。家に着くのが夜の23時半だって。それまで待ってられません。とっとと寝ます。お休みなさい。
去りゆくものは黙ってその場を立ち去るべし。とやかく文句を並べ立てても詮無いこと。あとは若者に進路を任せればいい。吹く風が順風だろうが逆風だろうが、そんなの関係ない。ただ70年を生きるだけ、そして終わり。人生なんてそんなものさ。
【きょうの一枚】蜘蛛の巣張った手製のブランコ(鞦韆)。
孫娘がひとりで電車に乗ってやってきた。
その孫娘のためにこしらえたブランコは、今は誰も漕ぐ人はなく、蜘蛛の巣が張られたまま風に揺れている。
全盛期の頃は、よく私の下駄を玄関から履いてきてこのブランコに跨ったものだった。
ブランコなんて見向きもしない年頃になったんだなあ。
ハンモックに揺られる孫娘を眩しく見つめる爺。
ハンモックを繋いだ木がゆさゆさ揺れてる。デブになったなあ。いや、だいぶ成長した。この4月から高校生だもんな。
【書】「鶉」ジュン・うずら(No.1,718)
鳥と、音を表す〓(シュン。「高」の下に「羊」を置く)の省略形「享」とから成る。(『旺文社漢字典第2版』ディジタル版)
【ディジタル画】『坊つちやん』その77(No.1,158)
師範学校の生徒と中学生が喧嘩したことを、地元新聞が取り上げた。
新聞には「中学の教師堀田某と、近頃東京から赴任した生意気なる某(坊つちやんのこと)とが、順良なる生徒を使嗾して此騒動を喚起せるのみならず……」とある。
それは二人を追い出すために仕組んだ教頭赤シャツの罠だった。坊つちやんが校長に呼ばれる。そこに鼈の話が出てくる。
「……新聞にかゝれるのと、泥鼈に喰ひつかれるとが似たり寄つたりだとは今日只今狸(校長)の説明に因つて始めて承知仕つた。」
鼈か。生の鼈を見たことあったなあ。あれは小田原の薬工場から流れ出る用水路で、文化祭で使うザリガニを捕りに行ったときのことだった。水路脇の茂みを脚でしごいたら小さな鼈が出てきた。そのとき生け捕った鼈は始末に困って、生きたまま職場のプールに逃したっけ。今頃どうしてるかなあ。
後日、また鼈と出会った。その時の鼈は居酒屋の亭主に切り裂かれ鍋の中に肉となって収まっていた。鼈の生血だ飲めと亭主に勧められたが、さすがにそれは気持ち悪くて飲めなかった。
【昭和の風景】『東海道中膝栗毛』(No.438)
明治の錦絵。
「Concepts6.0」のブラシを「水彩A1」に替えてみた。そうしたら、上着の塗りが斑らになって、予期せぬ効果が現れた。これはこれでいいかもの出来栄え。てなわけで、このアプリ、まだ使いきれてません。
いやあ、「Concepts6.0」って、なかなか奥が深いソフトです。
いずれ「CAD」に手をつけるんじゃないかと思い、それなら今のうちに使い慣れておこうと始めたのだったが、いつになったらCADにたどり着けるやら……。
その遥か手前にとどまって絵を描いて楽しんでいる。
でも、それもまたよし。
【タイムラプス】令和6年3月21日(木)6:49〜9:26の伊豆長岡の空。39秒。
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