あとどれくらい生きられるだろうか。
最近 よくそのことを考える。
漱石『道草』を読み返しながら、今の世に与えられたこの生をどう過ごすかを考える。
なぜ漱石か。たまたま全集(岩波)がそばにあったから。
鷗外全集がそばにあったら、鷗外に傾いていたかもしれない。
それだけの違い。
現代を伊豆で生きている。それもたまたま。住む場所が七つの雪降る津軽だったかもしれないし、戦乱の三条河原に転がっていたかもしれない。
生きてる時代も、生きてる場所も、全部たまたま。
かくして「たまたま」で埋め尽くされた世界を生きている。
今のカミさんと知り合ったのもたまたまなら、カミさんと血を分けあった子が3人いるのもたまたま。
たまたまの連続でここまできた。それが不思議。
パソコンが普及して、周辺機器の開発も盛んになった。
そんな折、伊豆に引っ込んだ。そこでiPadとApplePencilでディジタル画を描くことになろうとは夢ゆめ思わなかった。まさかの展開に自分でも驚いている。
これも、たまたま。ほら描けと言わんばかりに目の前にパンフレットを並べられてその気になった。当時はまだそれらを買い揃えるだけの財力があった。以来ずっとディジタル画を描いている。
だって楽しいんだもん。描いて描いて、そうして死ぬまで楽しむつもり。
【きょうの一枚】晩酌のひと丼。
大根おろしに釜揚げしらすをまぶしてきざみネギを散らす。その上から豪快にポン酢をかけて味付けする。これで焼酎お湯割りをぐびり。
写真には写ってないが、小丼にヘタつきミニトマトがある。こいつを鷲づかみして頬張る。ワイルドなことこの上ない。
【書】「厲」レイ・といし(No.1,602)
厂(石)と萬(はげしい毒をもつさそり)とで、激しくとぐあらとの意。礪の原字。借りて「はげしい」意。(『旺文社漢字典第二版』ディジタル版)
【ディジタル画】『道草』六十四(No.1,042)
三遊亭圓朝。落語家。人情噺に長じていて、『牡丹灯籠』などの怪談ものを得意とした。
健三宅を訪ねた御常婆さんを「円朝の人情噺に出てくる女」の口ぶりにたとえる。
円朝の『牡丹灯籠』か。どんな話し方をするんだろう。聴いてみたかったな。
【昭和の風景】『東海道中膝栗毛』(No.322)
五右衛門風呂。
底が熱いので下駄を履いて入るという。それがおかしいとはしゃぐ弥次さん。
その昔、秋田・男鹿の親父の仕事場を訪ねた折、浜辺でドラム缶風呂に入ったことがある。ごろた石で竈をこしらえ、その上にドラム缶を乗っけただけの簡素な風呂だった。
下駄を履いて入ったかどうかまでは記憶にない。
蓋はなかったように思う。そいつを沈めて足の裏が火傷しないようにしてたんじゃなかったかな。
【タイムラプス】令和5年11月26日(日)6:05〜9:34の伊豆長岡の空。26秒。
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