きょう(9/25)発売の「ビッグコミック」に「青年漫画賞」の案内が載った。そこに、ゲスト審査員の「浦沢直樹」さんがコメントを寄せている。抜粋する。
「漫画賞に投稿することを、就職活動だとは思わないでほしいんですよね。たとえ賞が獲れなかったとしても、70歳、80歳まで描き続けてほしいし、…… (後略)」。
そうか、「70歳、80歳まで描き続けてほしい……」か。
「描くこと」ですね。年齢なんて関係ないさ。賞金なんてどうでもいいさ。ひたすら描くこと。それしかないべさ。
かつて、赤塚不二夫という売れっ子漫画家がいた。絶頂期の当時は、連載をいくつも抱えていたのかな。
そんなある日、ある少年コミック誌を買って読んだら、数枚にわたって空白のページが続いていたことがあった。
がっかりした。いくら売れっ子漫画家で寝る暇がなかったとしても、それだけはしてはいけないと思った。読者への裏切りだと思った。
以来私は、赤塚さんの読者をやめた。金を払ってまで買う価値のない雑誌だと投げ捨てた。同時に漫画家になる夢も捨てた。
ところが、人生どうなるか判らない。巡り巡って気がついたら再び漫画家になる夢を見ていた。
現役をリタイアして伊豆に籠ったら、そこでディジタル画と出会った。それがきっかけだった。
ちょうど、世にiPadProのデカイのが出て(第3世代)、併せてアップルから専用のペンシルが出て、玩具をあてがわれた子供のように欣喜雀躍した。これを使って画を描こうと思った。
幸い、岩波書店の「漱石全集」が全巻揃っていた。それを読んで挿絵を描くことを日課にした。
挿絵は永井秀樹さんの挿絵をお手本にした。漱石の挿絵を描くことを決めた時、たまたま静岡新聞の連載小説の挿絵が永井さんのものだったからである。
が、私の描くのはもっぱらディジタル画で、うまく表現できない苦しみが続いた。そのうちだんだんコツをつかめるようになってきた。
これからも苦しみは続くと思うけど、好きなことを続けられる喜びを噛みしめながら、ひとまず80歳を目途に精進していこうと思う。70を超えてもまだまだ現役だべさ。爺は頑張るよ。
【きょうの一枚】庭の甘夏。
今年の甘夏の実。まだ青々としている。
去年の実が黄色いままぶら下がっているが、あれは獲らなくても朽ちて自ずと落下する。落下するときにドスンと響くから、「あっ、甘夏が落ちたな」とすぐ判る。
【書】「鳳」ホウ(No.1,540)
「羽をふるわす大鳥と、音を表す凡(ハン。フウは変化した音。おおう意)とで、風をおこし空を覆って舞い上がる大鳥の意を表す。転じて、太平の世に現れるというめでたい鳥の意。」(『旺文社漢字典第2版』)
【ディジタル画】『道草』二(No.980)
ディジタル画の挿絵は『道草』に突入した。森鷗外を描くのに半日粘ったが、どうしてもうまく描けない。悔しいから再度チャレンジした。
なんでも簡単に描けると思ったら大間違いで、実際にはどう描いたらいいか悩むことが多い。
描くのは楽しいが、それはうまく描けたと後から思えるときで、大概は苦しい。だから、その苦しみを乗り越えてうまく描けたときの喜びはひとしおだ。その喜びを味わいたいから描き続けるのかもしれない。
【昭和の風景】東海道五十三次「御油」白黒。(No.260)
「ごゆ」と読む。「留め女」と呼ばれる旅籠の女が、旅人を強引に引きずりこもうとしている様がユーモラス。
その昔、私が通っていた中学校のバス発着所でも同じような光景が見られた。列車から降りた温泉客を奪い合うのである。今思い出してもあれはすごかったな。
【タイムラプス】令和5年9月25日(月)8:43〜9:59の伊豆長岡の空。37秒。