未明の雷鳴と稲光に飛び起きた。
きょう(10/1)は第3回区内清掃の日。今年度最後の区内清掃だった。
朝、雨降りが止んだ頃合いを見計らって公民館にカブを走らせた。が、予定通りやるかやらないか決断する段になったところで、バケツの水をぶちまけたような雨が急に降り出した。
副区長と相談し、その場で中止を決める。アプリ「Yahoo!天気」で確認したら、雨雲が赤く色づいて地域を線状降雨帯が覆うように出ていた。それで諦めがついた。
清掃活動を延期したことにより軽トラ確保に支障が出ることは覚悟の上だった。でも、作業を強行するにはあまりに危険すぎる。そんな雨の降り具合だった。
副区長との話し合いにより、副区長は公民館に残って中止を知らずにやってくる区民の対応にあたり、私は区内に二基ある無線機から作業中止の放送を流すことにした。
中止を決定した後、雨雲が割れて青空が見え出し、同時に雨も止んだ。中止を決めた途端に天気が回復するのは世の習いで、その後はずっと雨は降らなかった。えてしてそういうものである。
孫娘のためにハンモックを出したら、孫娘は伊豆の時の友達と連絡を取ってとっとと遊びに出かけてしまった。せっかく用意したのになんてやつだ。で、私がハンモックにくるまり、秋の涼やかな風を独り占めした。
【きょうの一枚】ハンモックから見上げた秋空。
ハンモックに寝そべったら、ついうとうとしてしまった。読む書物もない。聞く音楽もない。涼やかな天然の風があるだけでいい。
こうして見ると、うちの庭も意外と緑が多い。右の緑がムクゲ(木槿)で左がモッコク(木斛)。葉の落ちた真ん中の枝は白梅。
【書】「與」ヨ(No.1,546)
「もと、舁(ヨ。上下から両手をさし出して持ち上げる意)と、〓(ガ・きばの原字。かみ合う意)と、口とで、かけ声をかけていっしょに持ち上げる意。ひいて、「ともに」する、「くみする」意。転じて「あずかる」「あたえる」意に用いる。」(『旺文社漢字典第2版』)
【ディジタル画】『道草』八(No.986)
「帽子を被らない男」の正体は、養父の島田のことだった。
「帽子を被らない男」というからには、当時は、外出する男の嗜みとして、帽子をかぶるのが普通だったのだろうか。そしてそれは、やがて丸坊主頭に学帽を被るという風習に繋がっていった、かどうかは判らない。
【昭和の風景】東海道五十三次「岡崎」白黒(No.265)
岡崎宿の石高は五万石しかなかった。が、徳川幕府では神君生誕の三河国岡崎城の城下町を背景に宿場町の規模も駿河国府中宿(静岡市葵区)に次いで大きかった。<Wikipediaより>
【タイムラプス】令和5年10月1日(日)5:33〜6:43の韮山方面の雨空。34秒。