【きょうの一枚】曼珠沙華。
「伊豆のへそ」まで野菜の値段を見に出かけた。
その途中の裏路地の茂みにひっそり咲いていた。ひっそり咲いていても赤色は目立つ。
曼珠沙華。別名「彼岸花」ともいう。こちらの呼び名が一般的か。
俗に「暑さ寒さも彼岸まで」というように、「彼岸」というとどうしても暑い季節から寒い季節に移行する境目に咲く花というイメージが強い。が、「曼珠沙華」というと、サンスクリット語の響きのせいか仏の世界のイメージが強い。
この他に、「彼岸花」にはもっとたくさんの別名がある。
例えば、死人花(シビトバナ)、地獄花(ジゴクバナ)、幽霊花(ユウレイバナ)、剃刀花(カミソリバナ)、狐花(キツネバナ)、捨子花(ステゴバナ)、毒花(ドクバナ)、雷花(カミナリバナ)、痺れ花(シビレバナ)、葉見ず花見ず(ハミズハナミズ)などなど。
こんなにたくさんあるんだ。でも、どれもこれも不気味な名前ばかり。
旅行サイト「じゃらん」では、彼岸花の名所を紹介している。
1、羽黒山公園(宮城県)
2、巾着田(埼玉県)
3、県営権現堂公園(埼玉県)
4、津屋川堤防(岐阜県)
5、桂浜園地(滋賀県)
6、つづら棚田(福岡県)
行ってみたら? 私は行かないけど。近くで我慢する。
【書】「聞」ブン・モン(No.1,538)
「耳と、音を表す門(モン。通じる意→問)とで、耳にとどく、「きこえる」意を表す。」(『旺文社漢字典第2版』)
【ディジタル画】『彼岸過迄』終末(No.978)
いよいよ『彼岸過迄』もラストです。
結局、この作品は、敬太郎の話だったのか、須永の話だったのか、千代子の話だったのか。よく判らない。
『彼岸過迄』は、元々、新聞連載小説ですから、毎日がコロコロ変化するように、作者も、この先どうなるか判らないくらいの気持ちで書き始めたのかもしれません。しかし、一方で漱石は、新聞社から高給をいただく専属の小説家ですから、それなりにプライドもあり、巷にはびこる物書きとは一線を画す姿勢も持っていたことでしょう。
人に言えぬ苦しみもあったと思います。そこに積年の病魔が襲いかかり、修善寺の大喀血に繋がった。
何をするにも健康第一、ということですな。
【昭和の風景】東海道五十三次「吉田」白黒。(No.258)
とうとう豊橋まで来たか。「……かぎりなく遠くも来にけるかな(『伊勢物語』)」の心境です。昔の都人は、東国をどんな野蛮な国と見ていたのだろう。
それにしても、お城建て替えの足場にへばりついている職人は、どんな思いで眼下を眺めていたのか。ここに天下一の城を再興しようと企んでいたのだろうか。「坊よ、これがお父がこさえた最高の城だ」と息子に自慢したかったのかもしれない。
【タイムラプス】令和5年9月23日(土)8:27〜11:09の韮山方面の雨空。20秒。