【きょうの一枚】6畳和室の濡れ縁。
縁側というのは家の内側なのか外側なのか判然としない。でも、昔はどこの家にも縁側というものがあった。
内側だか外側だか判らないけれど、近所の知り合いと世間話をしながらお茶を飲む、そんな空間だった。大抵は玄関から上がらないで済む日向ぼっこにおあつらえの南側にあった。身内よりもお客さんを大事にした文化の名残だと思う。いいか悪いかは別にして、今は密閉して身内さえ快適ならそれでいいという文化が主流になっている。
濡れ縁は前のオーナーがサンルーム風の温室にしつらえているのを私が改造して作り替えた。ちょっとした用なら家に上がらずともここで済ませられる。
きょうは近所に住む某委員会の代表が市に提出する書類に私のハンコが欲しいというので、庭に散った木斛の葉をかき集めがてら待っていた。そしたらじきにやってきた。で、持参した書類にハンコを押して返した。
用はそれでおしまいだが、そのとき交わす会話が無駄なようで無駄でない。そんなやりとりの中から活力が漲ったりするのだから不思議だ。もし「濡れ縁文化」なるものがあるとするなら、きっとそういう文化が社会を育んでいくのだと思う。
【書】「発源」ハツゲン(No.1,413)
「①川がみなもとから流れだす。②みなもと。」(『旺文社漢字典第2版』)
「発」は、弓と〓(ハツ。發から弓を取り除いたパーツ。パッと音を立てて離す意)とで、矢を放つ意、ひいて出発する、始める意を表す。
「源」は、原(ゲン。みなもと・はらの意)に氵(水)を加えて、原(=はら)と区別し、「みなもと」の意に用いる。
【ディジタル画】『門』十八の二(No.853)
宗助は役所の同僚が書いてくれた紹介状を持って鎌倉の山門をくぐる。
が、紹介状の宛名の僧侶の塔中(たっちゅう。=塔頭)がどこか判らない。宗助が路の真ん中でまごついていると石段の下から剃り立ての頭を青く光らした坊さんが上がってきた。それが同僚に紹介された釈宜道というお坊さんだった。
釈宜道は釈宗活(明治3〜昭和29)がモデルとされる(全集注解より)。と知って、釈宗活さんの肖像画を描いてみることにした。
【昭和の風景】135
津軽凧絵。
髪の毛の質感は「ハード鉛筆」ブラシの方が出るみたい。描くのにもう少し工夫したらベタつきがなくなるかも。
【タイムラプス】5/1(月)5:54〜8:06の伊豆長岡の空。32秒。
【新型コロナ】5/1(月)23:55現在(Yahoo!ニュースより)
<国内>
新規感染者数→5,039(前週同曜日比+999)
累計感染者数→33,742,193
死亡者数→74,581(同日比+19)
<静岡県>
新規感染者数→71(前週同曜日比−60)