昭和の風景をシリーズで描き始め、早いもので今回で80を数えた。
きっかけは、下の図書館から借りてきた一冊の写真集だった。そこに静岡県の昭和の風景が載っていて、それを下地にしてディジタル画を描いたら結構な暇つぶしになるのではないかと思って始めた。
で、やってみたら、暇つぶしどころか面白くて面白くてやみつきになった。
さらにそこから発展して、今度は自分にまつわる風景を思い出しながら描いてみることにした。
以来、晩酌をちびちびやりながら、自分が辿ってきた昭和という時代を振り返り、その風景を描くのが楽しみになった。
これも終活の一つか。
70歳の足音を聞いて、もしかしたら私は、どう人生を締めくくるのかを考え始めたのかもしれない。
【今日の一枚】天日に干してる傘。
きのう差して雨に濡れた傘を、梅枝に逆さに吊るして干してるところ。
夕方に気づいて慌てて干した。
【書】「間適」カンテキ(No.1,357)
「心静かに楽しむ。気分が安らか。」(『旺文社漢字典』第2版)
「間(閒)」は、門のあいだから月の見えるさまで、門のすきまの意、ひいて「あいだ」の意を表す。
「適」は、辶(道)と、音を表す啇(セキ・テキ。まっすぐの意→逞)とで、まっすぐ「ゆく」意を表す。
【ディジタル画】『門』 七の一(No.797)
宗助と御米は崖の下の貸家で暮らしている。その前の家が本多さん。「ことりと音もしない様に静かな生計(くらし)を立てゝゐた」。
宗助夫婦の話題はその本多さんのことだったがそのうち家主に移った。
家主は坂井と言って、家は崖の上にある。その家は外の子たちが出入りしてやたら賑やか。
その家にはブランコがある。私の家の庭にもブランコがある。まだ孫が小さい時に、義兄からいただいた舞台用ロープに湘南海岸で拾った漁具の板を結えて作った。
孫も今ではすっかり大きくなり、庭のブランコなんぞ見向きもしなくなった。
今は、♪た、た、たぬきのきん○まは 風もないのにぶ〜らぶら♪ てな按配で風に揺れている。
【昭和の風景】80
神社の鳥居。
私が生まれ育った寒村のはずれにある。隣村からここまでは人家はなく木々が鬱蒼と茂るばかりだが、坂道の下に村が開けて見えるし、路線バスも頻繁に行き来していたので、それほど寂しさは感じない。
小学2年の春休み、母校の小学校が火事で焼けた。その時、燃え盛る炎をここから眺めていた記憶がある。確か隣には同級生がいたのだったと思う。
また、初詣にはあえて裸足で雪道をここまでランニングしたのだった。
のちに棟方志功が「わだばゴッホになる」と意気込んで上京したとき、この鳥居に名を刻んだという。彼の自伝的小説『板極道』を読んだらそんなことが書いてあった。あれから刻んだ文字を確かめていないから真偽のほどは判らない。
【タイムラプス】3月6日(月)6:45〜9:10の伊豆長岡の空。36秒。
【新型コロナ】3/6(月)23:55現在(Yahoo!より)
<国内>
新規感染者数→4,150(前週同曜日比 −1,030)
累計感染者数→33,281,362
死亡者数→72,853(前日比 +37)
<静岡県>
新規感染者数→211(前週同曜日比 −51)