いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

トンカツの弁当土用母の味(あ)

【きょうの一枚】トンカツ弁当。

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 隣町の山道沿いの弁当屋で弁当を買った。近くに別の弁当屋があり、そっちは若者の行列ができていたが、こっちは閑古鳥。それかどうか知らないが、弁当を二つ買ったら、おまけにクリームコロッケを付けてくれた。

 向こうは中高の学校の近く。こっちは、いるとすれば田んぼのタニシ君くらいなもの。そういう立地条件もあるかもしれない。

 弁当を二つも買ったのは、昼食用と夕食用。一つ550円という価格は弁当としては高いか安いか微妙だが、1,000円余の駅弁に比べれば断然安い。味も、私はこっちの方が好みだけどね。昼用にシャケ弁、夜用にトンカツ弁を買った。

 弁当の話をしたのは他でもない。夏祭り本番に和太鼓演奏を披露してくれる高校生に、弁当を用意することになっているから。

 その弁当はすでに注文してある。そこの弁当には鯛の塩焼きが出て、それが地元高齢者にはすこぶる評判なのだが、果たし高校生の口に合うかどうか。今日の夏祭りの話し合いでもそんなのが話題になった。

 う〜ん、高校生の口に合うのは、骨のある焼き魚より、骨のない唐揚げかもしれないと少しく不安になってきた。高校生の食べる弁当だからねメニューもそこそこ考えてと念を押したつもりだが、そのあたりを明日もう一度確認しておこう。

 

【書】「雷鳴」ライメイ(No.1,489)

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「雷が大きな音で鳴り響く。また、その大きな音。雷のとどろき。」(『旺文社漢字典第2版』)

「雷」は、雨と〓(ライ。田のパーツを四つ並べた形。かみなりのごろごろなる音。畾・田は省略形)とで、「かみなり」の意を表す。

「鳴」は、鳥と口とで、雄鶏がときをつげてなく意、ひいて、広く「なく」意に用いる。

 

【ディジタル画】『彼岸過迄』報告 十三(No.929)

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 雨の夜、松本が連れ立って食事をした女は「高等淫売」などではなかった。

 松本には二人の姉がいる。一人が須永の母で、もう一人が田口の細君。要するに、松本と一緒にいた女は田口の細君だった。まあ、それだけの話。

 なんだ、馬鹿馬鹿しい。変に勘繰って時間を損した。 

 

【昭和の風景】209

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「戸塚」白黒。

 描かれた場所は、戸塚の宿を過ぎた汲沢村辺りの山道という。

 手前に松の大木があり、遠景の富士山に丹沢山塊が連なる。

 最近、浮世絵に凝っている。あの浮世絵の技術をディジタル画で表現できないかと思うが、できない。

 大体、同じように表現しようと思っちゃいけない。所詮別物なんだから一緒の土俵で戦わせようなんて考えるのは無理だと悟った。

 描いて楽しい。それでいいんじゃないかな。歌川広重を目指しちゃいけないんだよ。目指すのはあくまでも「大人の塗り絵」なんだから。

 

【タイムラプス】7/15(土)6:10〜9:42の伊豆長岡の空。26秒。

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