【今日の一枚】薪割り斧。
いつも野菜を売りに来る人が薪割り斧を公民館まで持って来てくれた。前回野菜を売りに来たときに今度持って来るよと言っていた斧である。
見たら、とても立派な斧で、私には勿体ないくらい。
早速振り下ろしてみた。
玄関前に丸太をセットして真ん中目がけてえいと斧を振り下ろしたが、これが見事に外れた。イメージは、真ん中で斧がカポーンと丸太を真っ二つに割ってくれるはずだったが、なかなか思惑どおりにはいきません。
で、結局持って来てくれた薪割り斧を脇へ置いて物置からタガネとハンマーを取り出した。この方が正確に打ち込める。
薪割り斧は時代遅れなのかなあ。やっぱり最新鋭の油圧薪割り機にご登場願うしかないかなあ。
せっかくだもの、あす晴れたら、もう一度薪割り斧を振りかぶってみよう。
【書】「唯一」ユイイツ(No.1,340)
「ただ一つ。ほかにはない。」(『旺文社漢字典』第2版)
「唯」は、口と、音を表す隹(スイ。ユイ・イは変化した音。即答の声)とで、応答の声を表す。
「一」は、横線一本で「ひとつ」の意。ひいて、同じの意に用いる。壱(壹)と通用する。
【ディジタル画】『門』 四の七(No.780)
宗助の叔父が突然死んだ。死因は脊髄脳膜炎とかいう劇症らしい。
弟・小六の将来の学費はどうなるのだろう。
全て叔父任せしておいた親父の地所家作はどうするのだろう。
死んでから事を起こすのでは遅い。死んで後に残る人が困らないように、私も死ぬ前に終活しておかなくちゃ。
【昭和の風景】63
オリビア・ニュートンジョン。
平取の牧場でアルバイトをしていたとき、寝泊まりにあてがわれたのは馬房に隣接された従業員の部屋だった。馬房と従業員室は内側通路から一つドアでつながっており、馬に異変があればすぐに駆けつけられるようになっていた。
朝、起きるとすぐに馬を牧場へ放ち、空になった馬房から馬糞を拾って捨てる。糞尿で濡れた敷き藁を外に出して天日干しする。飼い葉桶に馬の朝食を用意する。桶にはたまにとうもろこしを刻んで混ぜたりもする。そうして、一通りの作業が終了したところで部屋に戻って朝食を摂る。
夜は軽トラで街へ出て従業員馴染みのスナックで水割りを引っ掛ける。その人は帰りも軽トラを運転した。つまりは飲酒運転なのだが、それで呼び止められたことは一度もない。そこには北海道ならではの温情とでも言うべきものが多少絡んでいたのかもしれない。
でも、草地のど真ん中に頭から突き刺さっている車などを見ると、なんでそんなところにそんな格好をしたまま放置されているのか不思議だった。でもそれが心のブレーキの役目を果たしていたのかもしれない。
その頃流行っていたのが、オリビア・ニュートンジョンの「ジョリーン」という曲。そこのスナックに行くと必ずといっていいほど「ジョリーン」が流れていた。ママさんはラメ入りシャツが似合う人だった。店の名もママさんの名も覚えてないけど、私は今でも勝手に「ジョリーンのママさん」と呼んでいる。
【タイムラプス】2月17日(金)6:52〜9:52の伊豆長岡の空。22秒。
【新型コロナ】2/17(金)23:55現在(Yahoo!より)
いけね、チェックし忘れた。