病院の「栄養教室」。なかなか血糖値が下がらない。で、とうとうインスリン注射の復活となった。チクッと出っ腹におまじないの針を刺す。あれだ。
おや? 針がない。どこだどこだ。やっぱり、ない。
一回こっきりの使い捨てになっていて、使い終わった容器はそのまま病院へ持って行く。そうすると病院で処分してくれる。一応医薬品だから勝手に捨てるわけにはいかない。
患者の便宜を図って針をなくしたらしい。そんなことするから薬で長生きさせられる老人が増えるんだ。
無駄に長生きさせられる身にもなってみろ。たまんないよ。早くピンピンコロリといきたい。
【書】『嵯峨日記』1(No.1,965)
解題:ここに翻刻した『嵯峨日記』の本文は、芭蕉真蹟と伝える野村家蔵本を底本とした。(以下略)。(小学館・日本古典文学全集『松尾芭蕉集』より)
だから私もそれを底本に、覚えたての変体仮名とディジタル機器を駆使して書いてみよう。

「元禄四辛未卯月十八日、嵯峨にあそびて去来ガ落柿舎に到。凡兆共ニ来りて暮に及て京ニ帰る。予ハ猶暫とゞむべき由にて、障子つゞくり、葎引かなぐり、舎中の片隅一間なる処伏処ト定ム。机一・硯・文庫・白氏集・本朝一人一首・世嗣物語・源氏物語・土佐日記・松葉集を置。幷唐の蒔絵書たる五重の器にさまざまの菓子ヲ盛、名酒一壺盃を添たり。夜るの衾・調菜の物共、京より持来りて乏しからず。我貧賤をわすれて清閑に楽。」
(訳:元禄四年辛未、四月十八日 嵯峨に遊んで、去来の落柿舎に行く。凡兆も一緒に来たが、夕方になって、京都へもどった。わたくしはもうしばらく滞在したらよかろうということで、去来の指図で、障子の破れを直したり、庭の葎を引きむしったりしてくれ、舎中の片隅の一間が寝所にきめられた。部屋には、まず机一つを据え、机の上には硯、文庫、『白氏文集』『本朝一人一首』『世嗣物語』『源氏物語』『土佐日記』『松葉集』などを置く。また唐風の蒔絵を施した五重の重箱に、さまざまの菓子や酒の肴を盛り、そのうえ銘酒を一壺に盃が添えてある。夜具や副食物などは京都から運んできて十分である。わたくしは、自分の貧しい身の上を忘れ、清閑の境地を楽しむのであった。)
【昭和の風景】津軽弁(No.665)

「さきた きたふと だだべ。」
「さっき 来た人は 誰でしょうか。」の意。
最近、物忘れが激しくなった。さっき会った人の名前を思い出せない。親しそうに話をしていたのに、あれっ誰だっけ? となる。そんなんで、生きてる価値あんの? 長生きの装置を使って、生かされてるだけなんじゃないの?
【タイムラプス】令和6年11月20日(水)7:18〜10:54の韮山方面の雨空。27秒。
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