いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

ストーブの口より猛き薪炎(あ)

【きょうの一枚】追加注文した薪。

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 今回は暗くならないうちにお届けに上がりますと電話口で奥さんは言ったが、何のことはない、薪が運ばれてきたのは以前と同じ真っ暗になってからだった。
 4tトラックに積まれた薪を車庫にぼんぼん放り投げていく。それで、トラックが去った後、箕で薪をえっちらおっちら庭に運ぶ。一馬力だし前回の倍の量だし、何往復したか判らないが、足腰も腕もヘロヘロになるくらい運んで写真を撮ったら午後7時を過ぎていた。写真が明るいのは8畳洋間の灯りを点けたから。
 あしたはこれを薪置き場に積むんだけど、薪置き場を新たにこしらえないと積みきれないな、こりゃ。でも、これとてあっという間に燃え尽きちゃうんだろうな。

 あっという間に燃え尽きちゃっても、追加の追加はたぶんない。それは、薪を運んでくれたご主人が「生乾きのも混ざってるから、よく乾かしてから燃やしてください」と言ったから。つまり、今回の追加注文で、自分のところのピザバスで使うだろう分の薪まで私に回した可能性がある。てえことは、もう販売に回すだけの薪のストックはないのかな。そう読んで、追加の追加はしないことにした。


【書】「母儀」ぼぎ(No.913)

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 「人の母たるものの手本。母範。」(『旺文社漢字典』第2版)
 「母」は、胸に乳房のある女の形。子を生んだ母のように物事を生み出す「根源、もと」の意味にも用いる。
 「儀」の音符は義(ぎ)。義は羊を鋸(のこぎり)で二つに切り離し、その羊が神に供える犠牲(いけにえ)として完全であることを確かめ、犠牲として義(ただ)しいものであるという意味の字である。犠牲を供えて行う儀式のときの礼儀作法にかなったおごそかな姿を儀といい、「ようす、ただしい、のり」の意味となる。


【ディジタル画】『吾輩は猫である』 41(No.355)

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 苦沙弥先生宅へ御令嬢の件で苦情を言い立てにきた金田夫人。御令嬢の相手の寒月君から苦沙弥先生宛に届いた葉書を見せろと迫る。寒月君がいかなる人物かよほど知りたいらしい。それで迷亭先生が選んだ葉書に、寒月君が狸の絵を書いたのがあった。それを見た金田夫人が、「何ですこりや、人を馬鹿にして居るぢや御座いませんか」と返すくだり。
 どんな絵かは判らないが、「人を馬鹿にして居る」ような絵らしいから、普通の狸の絵じゃ面白くない。そう思って面白そうな画像をネットで探した。そうしたら、佐賀新聞の記事に「狸踊り」なる奇祭を見つけた。赤褌姿で踊り、腰を動かしてぶら下げた瓢箪を突き上げることで五穀豊穣に感謝するのだという。面白い踊りがあるものだ。この手の民俗芸能が未だに地方に残っているのがなんとも嬉しい。日本文化もまだまだ捨てたもんじゃない。
 輪郭も彩色も字も、すべて「Gガッシュ」で描いた。「Gガッシュ」は「水彩&ぼかし」より描きやすい。 


【タイムラプス】12月15日(水)7:10〜8:47の伊豆長岡の空。24秒。

https://www.facebook.com/1298610339/posts/10227529617768252/?d=n


【新型コロナ】12/15(水)10:00現在(Yahoo!より)
新規感染者数→145(前週同曜日比 +31)
重症者数→27(前日比 +1)
累計死亡者数→18,374(前日比 +1)