いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

三股の大根の泥神神し(あ)

今年初めての部活動土曜出勤。

今日は女子が練習試合で外へ出ているため、女子の卓球台も使って全員ラリーをすることができた。

ローテーションで打ち合う相手を回していくが、私と一人の2年生だけはローテーションから外れてマンツーマンで打ち合いをする。正顧問の先生が配慮してそうしてくれた。

その子は他の部員とコミュニケーションを取るのを苦手とし、平日の部活でも「先生、やろう」といつも私に声をかける。給食でその子のクラスにお邪魔しても、「今日、部活、来れる?」と話しかけてくる。だから、私はどんなに忙しかろうとも、部活に必ず顔を出すようにしている。私も、その子のおかげでラケットが振れるから嬉しい。

この年になって、まさか卓球をするとは思ってもみなかった。小学校の洟垂れガキの頃、卓球の世界チャンピオンが青森市から出て、その波及かどうか知らないが、村の公民館に卓球台が置かれ、ちょっとした卓球ブームになったことがあった。その世界チャンピオンはボールをラケットではなく割り箸で打つ練習をしていると、まことしやかに語られたのもその時期である。

村の公民館で卓球をしたという記憶はない。しかし、フロアの真ん中に卓球台が置かれていたことは記憶にある。思うに、一台しかない卓球台を村のお兄さんお姉さんがずっと使っていて、私ら洟垂れ小僧にまで順番が回ってこなかったのかもしれない。

それで私は近所のガキどもを家に呼び、一間幅の廊下に洗濯張板(洗った着物を干す長い板)を置いて卓球台とし、そこで「卓球ごっこ」をやった。とても卓球と呼べる代物ではないから「ごっこ」。

ラケットはどうしたろう。近所の雑貨屋で買ったか。ボールは? これは雑貨屋に売っていた。なんかの加減でペコんと凹みができれば、お湯をかけてもとの球状に戻した。ボールはたぶん一個ずつのバラ売りだったと思う。

というわけで、実は卓球は小さいときから身近な存在だった。私のスポーツ歴からすると、相撲の次といった位置だ。少年野球はその次だから、野球を覚えるより前に卓球に親しんでいたことになる。

今日はいつも相手をする子と1時間ばかり打ち合いをして汗を流した。私がスマッシュし、その子が返してくるロビングボールをまたまた私がスマッシュする。それを何回か繰り返したら、久々の運動ということもあって、息が上がってしまった。ちょっと腰にもきた。でも、愉快な疲れです。

 

【今日の一枚】校長先生の大根。

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部活の帰りに職員玄関に回ったら、事務室の窓口に大根が置かれてあった。そこへちょうど卓球部正顧問の先生が通りかかったので訊いたら、校長先生がご自宅の畑でこしらえた大根で、ご自由にどうぞとおっしゃっていたとのこと。それならばと一本いただいてきた。

三股の大根だけど、大根おろしにして食えばノープロブレム。葉は味噌汁の具にでもしよう。

 

【書】「用」ヨウ・もちいる・もって(No.369)

▼甲骨文

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▼金文

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象形。木を組んで作った柵(さく)の形。柵の中に祭祀(さいし=祭り)に使用する犠牲(いけにえ)を置き、養うので、犠牲とすることを「用ふ」という。犠牲として「もちいる」というのがもとの意味である。(後略)<『常用字解』より>

 

【温泉】一二三荘。

風呂場で一緒になった若者二人。城ヶ崎の話をしている。聞くともなく聞いていると、自転車ツーリングの帰りのようだ。今日はここで一白して、明日は西伊豆のどこかへ回るのかな。

 

【タイムラプス】1月25日(土)6:12〜7:39の伊豆長岡の空。21秒。

https://www.facebook.com/100001436582002/videos/2795102310547628/?d=n