いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

体連本部の仲間

大学4年のとき、私は体育連合会本部幹事会の一員として広報活動をしていた。この組織は体育連合会に所属する部・同好会を統括していて、毎年持ち回りで各部・同好会から選出された8名の幹事から成る。その8名のうち、神奈川のグランド施設を使って活動している硬式野球部ラグビー部、サッカー部、アメリカンフットボール部、硬式テニス部から1名出すことになっていた。サッカー部は、私が4年になるちょうどその年に順番が回ってきた。部内で話し合った結果、私が本部に入ることになり、それから一年間、体育館奥の薄暗い本部室に通いつめることになる。

スパイクを脱ぐのは寂しかったが、それ以上に本部で経験した濃密な時間は、実に得難い貴重なものであった。いわゆる内ゲバの嵐が吹き荒れる中、夜遅くまで学生自治のあり方について議論し、ガード下の焼き鳥屋でコップ酒をあおり、大いに人生を語った。時には勢い余ってハチ公前の噴水に飛び込んだりもした。いや、正確には放り投げられた。これは、3月に行われる新旧幹事会引き継ぎの酒宴の余興なのだが、当時は毎年恒例になっていて、新幹事が旧幹事を噴水に放り込むのである。それを知ってて旧幹事は学ランの下に海水パンツをはいて臨む。かつては、噴水底に沈んでいたガラス瓶の破片を踏んで血だらけになった先輩もいた由。なんとも荒っぽい儀式だったが、そんな無茶なことができる時代だった。
そのメンバーが、今週の土曜に伊豆へやって来る。去年の七夕で久々に会い、久闊を叙す中で私が伊豆に招待した。私が伊豆でセカンドライフを送っていることを報告すると、では、次回の星祭は伊豆でやろう、皆で伊豆に押しかけようということになった。残念ながら8人全員は揃わないが、40年前のあの頃に戻って、大いに飲み、大いに語ろうと思っている。7,973歩。
写真は、湯河原に勤務していた頃、頻繁に行なっていた囲碁合宿の景品でもらった扇子。合宿で使った民宿は湯河原の幕山近くにあり、藤沢秀行門下の合宿所でもあった。筆跡は藤沢秀行の人となりを彷彿させ、私のお気に入りの一品である。無茶をしたあいつこいつの星祭(あ)
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