いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

看板をまだ仕上げておらぬ白辛夷(あ)

#いずぃなり2026_03


【きょうの一枚】

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 朝から冷たい雨が降る。雨が降り止むのを待って買い物に出かけようとしたが、暗くなっても雨はやまなかった。結局行かずじまい。

 こんなときのために袋麺を用意してあるが、あるのは麺だけ。トッピングする野菜がない。冷蔵庫に冷凍かき揚げを見つけたが、いつのだか判らない。で、煮た。それをチンした冷凍ほうれん草に乗っけた。かきあげは腐ってなかった。やれ、ひと安心。

 しまった、麺を茹で忘れた。


【俳句】

季語「辛夷」春。

 春、葉に先立って白い花を咲かせる。香りがいい。


【枕草子】第二〇段。その六。

原文(新日本古典文学大系より)。その六。

  せめて申させ給へば、さかしうやがてすゑまではあらねども、すべて露たがふことなかりけり。いかで猶すこしひがごと見つけてをやまん。とねたきまでにおぼしめしけるに、十巻にもなりぬ。さらに不用なりけり、とて御草子に夾算さしておほとのごもりぬるも又めでたしかし。いとひさしうありておきさせ給へるに、なほこの事勝負けなくてやませ給はん、いとわろかるべしとて、下の十巻を、明日にならば、ことをぞ見給ひあはするとて、今日さだめてんと、大殿油まゐりて、夜ふくるまでよませ給ひける。されどつひに負け聞えさせ給はず成にけり。上わたらせ給て、かかる」など人々殿に申奉られたりければ、いみじうおぼしさわぎて、御誦経などあまたせさせ給ひて、そなたにむきてなん念じくらし給ける。すきずきしう、あはれなること也」などかたり出でさせ給ふを、上もきこしめしめでさせ給。「我は三巻、四巻をだにえはてじ」と、仰らる。「昔はえせ者なども、みなをかしうこそありけれ。此比は、かやうなる事やは聞ゆる」など、おまへにさむらふ人々、上の女房こなたゆるされたるなどまゐりて、くちぐちにいひいでなどしたる程は、まことに露おもふことなく、めでたくぞ覚ゆる。
現代語訳(ミサワ・アクターズ・カンパニーより)。その六。

 帝が強いてお尋ねになるので、利口ぶってそのまま終わりの句まではおっしゃらないけれど、女御のお答えはすべて少しも違ってはいなかった。帝は、〈なんとかして、やはり少し間違いを見つけてから終わりにしよう〉と腹立たしいほどに思われたが、十巻にもなった。『まったく無駄だったな』とおっしゃり、綴じ本に栞をはさんで、おやすみになったのも、また立派である。長い時間が経ってからお起きになったが、『やはり、この勝負がつかないで止めてしまうのは、非常によくないな』とおっしゃって、下巻の十巻を、『明日になったら、別の本で調べられるから』ということで、『今日決着をつけよう』と、灯火をつけられて、夜が更けるまで読まされた。だが女御は、ついに負けることなく終わってしまった。
『帝が女御のお部屋にお越しになって、こういうことが』と、女御の父の左大臣殿に人を遣わして知らされると、父君は大変心配してお大騒ぎなさって、誦経などたくさんさせられて、内裏の方に向かってお祈りをしてお過ごしになった。風流で情の深いことね」などとお話になるのを、帝もお聞きになって感心なさる。「わたしは三巻、四巻でさえ、最後まで読めないな」とおっしゃる。「昔はつまらない人でも、みな面白味があった。この頃はこういう話は聞かないわね」などと、帝にお仕えする女房で、こちらに伺うのを許された人がやって来て、口々に話したりしている時は、本当に少しも心配することがなく素晴らしく思われる。

 

【ディジタル画】

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「んだば こへば どんだ。」(それなら こうすれば どうですか。)の意。