わたしは運がいい方だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
たぶん、どちらかといったら運が悪い方だ。
金もない。おまけに酒飲みときた。だから、みんな近寄ってこない。
大して面白いことを言うわけでもないし、こんな奴と一緒にいたって、ちっとも楽しくない。第一、生産性がない。この人といて自分のためになるかならないかを目論む。そして、目論見から外れたらきっぱりと切り捨てる。こんな奴とつきあってたら時間の無駄だ。
それは判っている。こっやって何度も友人を失ってきた。でも、こればかりはどうにもならない。ひとつ面白いことを言って場を和ませたいと思っても、その面白い話が出てこないのだからどうしようもない。
話術が不足しているのかと思って落語の勉強をしようとしたこともあったが、どんなに「寿限無」を誦じても、話の先が見えて、我ながらちっとも面白くない。で、そのうちあれは「芸」だと思って止めた。誰にもできるもんじゃない。その人でなければできない技なんだ。その人が座布団に座っただけで笑いを取るようでなくては本物ではない。わたしには、その本物がない。そう悟って止めた。
で、絵を描くことにした。描くことが好きで好きで溜まらないというほどではなかったが、昔、漫画家になろうとしていた自分を思い出した。第二の人生を歩むに当たり、ライフワークになるようなものはないかと考えて、考えたら漫画に至った。ちょうどパソコンが普及し、タブレットとペンシルが手に入って飛び付いたといった感じかな。
パソコンの周辺機器を使うことによって何度描いてもたちどころに消せるところがいい。でも、どんな技術でもそうだけど、使えばもっと使いたくなって、いろんな絵をどんどん描くようになった。いろんなのを描いているうちに、自分の好みも薄々判ってきた。わたしは墨絵のようなものをディジタルで表現したいのだ。
やって楽しいからやる。それでいいんじゃないの? 今は、そう思っている。
【書】『徒然草』第百六十五段(刊・正保2年)模写、訳(吾妻利秋)

東京の田舎者が京都の人にまみれたり、京都の人が関東の片田舎で立身出世したり、所属している寺や本山を飛び出した天台宗・真言宗の僧侶が、自分のテリトリーではない世界で、俗世にまみれているのは、みっともないだけだ。
【昭和の風景】津軽弁
「あこのでぐ までだや。」(あそこの大工さん 細かい所まで慎重だよ。)の意。
【タイムラプス】令和7年10月26日(日) 保存し忘れた。