【書】『野ざらし紀行』 5(No.2,027)

「二十日余の月、かすかに見えて、山の根際いとくらきに、馬上に鞭をたれて、数里いまだ鶏鳴ならず。杜牧が早行の残夢、小夜の中山に至りて忽驚く。 馬に寐て残夢月遠し茶のけぶり」
(訳:二十日過ぎの欠け始めた月が、未明の空にかすかに見えるが、山の麓のあたりは大層暗い中を、馬上に鞭を垂れたまま、馬の歩むにまかせて山路を数理たどったが、いまだ暁を告げる鶏の声も聞こえない。かの杜牧の「早行」の詩に言う名残の夢心地で行くうちに、小夜の中山にかかって、はっと目がさめた。 馬に寐て残夢月遠し茶のけぶり(馬上にうとうとと名残の夢を見つづけて行くうちに、ふと気づくと、月は遠く山のはるかかなたにかかって、家々からは茶を煮る煙が立ちのぼっている) )
茶を煮る煙を嗅ぎたい、と思った。どんな匂いがするんだろう。なんか知らんけど、のどかな田園風景が脳裏をよぎる。
思えば、小さいころは至るところで煙が立ちのぼっていた。ものだが、いまはその光景も見なくなった。
新興住宅を中心とした住民が煙、煙とあまりに騒ぐものだから、行政も放って置けず動き出したという按配だろうか。
てなわけで、学校からも焼却炉が消えた。
煙について言えば、その昔、私は路線バスの排気ガスを吸うのが好きだった。それが、いつの間にかそうしちゃいけないことになった。
煙には、環境や人に被害をもたらすダイオキシンという有害物質が含まれているらしい。それでダメになった。密かに楽しみにしていただけに、この世からなくなったのは残念でならない。
有害物質といえば、X線がある。こっちは死に至るほど有害な放射能だが、誰もやめましょうとは言わない。めったやたら浴びまくっている。みんな学校の言うことは聞かないけど医者の言うことは聞く。だから、みんな黙々と死の灰を浴びている。病気は怖いけど放射能は怖くないんだ。
【昭和の風景】津軽弁(No.727)

「こふてこふて たおいでまる。」
「過労で 倒れてしまう。」の意。
高校時代、「恋とはなんぞや?」という問答があった。私は即興で、「こいとは、疲れたときにいう言葉」と津軽弁の語意をふまえて答えた。まさかそんな答えが出ようとは思わなかったのだろう、その場では多少面白がられたものの、心揺さぶれることもなく私にはちっとも面白くなかった。
【タイムラプス】令和7年1月20日(月)6:46〜10:01の伊豆長岡の空。23秒。
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