某団体の新年会。送迎バスはまだ到着していなかったが、10分前には参加予定の全員が集合していた。私がいちばん遅かった。

座席は籤引きなしの自由ということだったが、なんとなく重鎮の座る場所は決まっているみたい。そのことに誰も文句を言わない。言ってもしょうがないから言わない。それが古来からのしきたりなんだ。
新参者はその人間関係を知らないと、田舎では暮らしていけない。田舎とはそういうところだ。その土地のしきたりをわきまえた上で付き合わないと痛い目に遭うのは自分だ。
【書】『笈の小文』 31(No.2,022)

「…。其代のみだれ、其時のさはぎ、さながら心にうかび俤につどひて、二位のあま君、皇子を抱奉り、女院の御裳に御足もたれ、船やかたにまろび入らせ給ふ有さま、内侍・局・女嬬・曹子のたぐひ、さまざまの御調度もてあつかひ、琵琶・琴なんどしとね・ふとんにくるみて船中に投入、供御こぼれてうろくづの餌となり、櫛笥はみだれてあまの捨草となりつゝ、千歳のかなしび此浦にとゞまり、素波の音にさへ愁多く侍るぞや。」
(訳:…。そのころの戦乱のさま、源平の戦いの様子が、いま、目のあたり思い起こされ、さまざまな面影が次から次へと浮かんでくる。平清盛の妻、二位の尼君が、皇子を抱き参らせているさま、建礼門院がお召し物の裾に足がからまりながら、転ぶように屋形船の中に入られるご様子。内侍・局・女嬬・曾司らがいろいろなお道具類を持ち運びかねているさま、琵琶・琴などを敷物やふとんにくるんで船中に投げ入れるさま。そうかと思うと、天皇の召し上がり物は海にこぼれて魚の餌となり、櫛笥は乱れ散って、捨てられた海藻と同じ有様である。そんな回想に耽っていると、いま、千年の後にも悲しさは浦辺に残っていて、打ち寄せる白波の音にさえも、身にしみるあわれさがこもっているのであった。)
【昭和の風景】津軽弁(No.722)

「そんき あれば たいるべ。」
「そんだけ あれば 足りるでしょ。」の意。
【タイムラプス】令和7年1月15日(水)6:48〜9:38の伊豆長岡の空。21秒。
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