いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

幾年の実も結び終え夏越の木(あ)

【今日の一枚】何年もお世話になったユズ(柚子)の木。

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一昨年まではたわわに生っていた柚子の実だが、去年はその勢いがパタリと止んで、一個も実が生らなかった。今年になって、枝から葉も出てこなくなった。

突然の変容ぶりに慌てふためくが、ど素人にはどうすることもできない。ひたすら復活を願って成り行きを見守っていたら、春先に数本枯れ残った枝にちょこっとだけ若芽をつけ、若葉に育った股に花も咲いた。それがやがて小指の爪ほどの青い実に成長し、それを復活の兆しと見ていた。

が、これから大きくなるはずのその実が、ある日ぽとりと落下してしまった。全部で5個生った実が一つ残らず落ちてしまった。

やはり、ダメだったか。復活はならなかったか。おいこら、もうちっと頑張りやと幹に手をかけて揺すってみたら、いともたやすく根元が盛り上がり、地面に隠れている根からペキペキという音が聞こえた。すると次にはたくさんの小蟻がうじゃっと地表に現れた。

この小蟻が柚子の根を傷めつけたのかは俄かには判らない。もともと疲弊していた根の地中を、これ幸いと寝ぐらに定めて小蟻が集まったのかもしれない。だけど、ちょっと揺すっただけで悲鳴をあげるくらい根は弱っていたんだということは判る。

根は麩菓子のようにもろかった。幹を握った両手に少し力を加えただけで、木は根を露わにして簡単に倒れた。露わになった根の中で、たった一本だけ粘って土を噛んでいるのがあった。おそらく花を咲かせ実を生らせた栄養はその根からもらったものと思われる。

最後の最後まで頑張った柚子をねぎらいつつ、これまでたくさんの実を生らせてくれたことへの感謝を込めて、一晩そこへ寝かせて弔うことにした。というと聞こえはいいが、雨が強くなってきたので、トドメの切断を明日まで延ばすことにしたというだけの話で、感傷のカケラもない。

でも、柚子を亡くした痛手は大きい。冬至のゆず湯はこの柚子を使ったのだし、茅ヶ崎の歯医者に持って行って喜ばれたのもこの柚子だし、いずぃなり会のメンバーでドンチャン呑ったときに焼酎に垂らした搾り汁もこの柚子だった。

柚子の後釜に何を植えるかは考えていない。たぶん何も植えないと思う。そのままにして陽を差し込ませよう。それでなくても庭はぐるり庭木に囲まれて日照空間が少ない。これ以上木を植えたら、それこそジャングルだ密林だになる。せいぜい陽の当たる地面を増やし、土嚢で夏野菜を育てるのがよろしかろう。

 

【書】「至」シ・いたる・はなはだ(no.171)

▼甲骨文

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▼金文

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矢の逆(さか)さまの形と一とを組み合わせた形。一は到達の地で、矢がその地点に到達したことを示し、「いたる」の意味となる。神聖なものとされた矢を放ち、その到達した地点によって土地を選び、そこに重要な建物を建てた。それで神聖な建物である室や臺(台)は、いずれも至を字の要素としている。矢の到り極まる所であるから、至極(しごく=この上ないこと)といい、「きわめて、はなはだ」の意味ともなる。<『常用字解』より>

甲骨文も金文も、矢羽の左右をちょっとずらし気味に書いて変化を持たせた。金文の矢の先にある点は甲骨文には見えない。この点は何を示しているのだろうと考えながら見ていたら、なんだか逆さに泳ぐシンクロナイズドスイミングの姿に見えてきた。

 

【タイムラプス】6月30日(日)5:50〜10:13の韮山方面の雨空。32秒。

https://www.facebook.com/100001436582002/videos/2378584022199461?s=100001436582002&sfns=mo