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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

驟雨来て閉ぢ込めらるるガード下

写真は、近所の小学校前の歩道橋。俄かに降り始めた大粒の雨が道路を叩きつける。

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午後、雨が上がるのを待って、スケッチブックを買いに出かけた。店は、文房具を買うならここと決めている文具スーパー。東海道線沿いにある店だが、現在改装工事中で新装オープンは今秋10月とのこと。今は同じ東海道線沿いの大型ショッピングモール内に仮店舗を設けて営業中である。
「Yahoo天気」で、藤沢に雨雲が近づいていることを知らせていたが、雨雲は東の空に通り過ぎる気配だったので、もう雨は大丈夫だろうと踏んでサンダル履きの傘なしで出かけた。ところが、小学校のグランドへつながる歩道橋を渡り、バイパスのガード下を潜り抜けようとしたところで、いきなりの大粒の雨に足止めを食らう。
読みが甘かった。台風の接近で天気が不安定になっていることを頭に入れるべきだった。ガード下で雨が止むのを待つこと10分。ほどなく雨は止んだが、また俄雨が来そうな気がして一旦家に戻ることにした。
家で1時間ほどぐだぐだしていたら、やがて雨雲が切れて青空が見えてきた。そこで再び文具スーパーに出かける。
どうしても今日買わなければいけない必然などないのに、なぜ焦るようにスケッチブックを買おうとするのだろう。雨上がりの道を歩きながら、どうしてだろうと考えていた。これはこれからも絵を描き続けていきたいという気持ちの表れなのか。
どうやらそうらしい。これまでいろんなことに興味を持ち、興味を持ったそばから自分で実際にやってみたりもしたが、所詮、多趣味は無趣味、どれ一つとってみてもものになった試しがない。器用ですねとは若いときからよく言われてきた。そう言われて悪い気はしなかった。しかし、そろそろ老い先の終着点を意識する歳になって、若いときのようにあれもこれもやってみようという気持ちを捨てなければいけないことにようやく思い至った。捨てて、捨てて、最後に残るものは何か。それが書画だと今気づいた。
書か画か、どちらか選べと言われても困る。私にとっての書画は、融合一体化した一つのまとまりを言うのである。それを描きたいのである。それって絵手紙とどう違うの? う〜ん、違うとも言えるし同じとも言える。この場合、どう違うかとかいうよりも、書と画がうまく溶け合って織りなす世界を表現したいというだけのことで、もしそれを絵手紙と呼ぶのなら、それはそれで別に私は構わないのです。
今日は、マルマン図案シリーズA4版を3冊買った。これまでのスケッチより一回り大きい。1冊24枚綴りだから、これで半年は持つかな。一日1枚描きたいけど、今のところそんなに時間も取れないしね。これを明日、伊豆へ持って行きます。(あ)

13,800歩。