いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

歳晩のにごれる津軽弁LINE(あ)

 2024年十大ニュースその4。同人誌『詩人会議』加入。

 6月、出身高校の同窓会があって、のこのこ出かけた。今は新幹線があるから12時間夜行に揺られることはない。

 これまで、クラス会に出ることはあっても同窓会にまで足を伸ばすことはほとんどなかった。

 出たら、「この中で詩をやる人はいないか」と言われた。知り合いの知り合い(私の知らない人)に頼まれたというので、ならば私がとしゃしゃり出た。すると手際のいいことに拙宅に同人誌が送られてきた。会費を払い同人となった。以来それが今も続いている。

 副産物と言ったらいいか、LINEがもれなくついてきて、そのLINEで田舎と細々繋がっている感じがする。

 LINEだと構えないで気軽に話せるところがいい。田舎の駅ホームに降り立った途端に津軽弁が口から漏れ出るような、そんな雰囲気がある。

 

【書】『笈の小文』7(No.1,998)

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「 鳴海にとまりて  星崎の闇を見よとや啼千鳥  飛鳥井雅章公の此宿にとまらせ給ひて、「都も遠くなるみがたはるけき海を中にへだてゝ」と詠じ給ひけるを、自らかゝせたまひてたまはりけるよしをかたるに、  京まではまだ半空や雪の雲  三川の国保美といふ処に、杜国がしのびて有けるをとぶらはむと、まづ越人に消息して、鳴海より後ざまに二十五里尋かへりて、其夜吉田に泊る。  寒けれど二人寐る夜ぞ頼もしき」
( 訳:  鳴海に泊まって、 星崎の闇を見よとや啼千鳥(星崎の星さえ見えぬこの闇夜を見よと迫るのであろうか。あわれ鳴く千鳥よ)        飛鳥井雅章公が、この宿に泊まられ、「都も遠く鳴海潟はるけき海を中に隔てて」とお詠みになった歌を自分でお書きになって、宿の者に賜わったなどと話してくれたので。私も一句、 京まではまだ半空や雪の雲(京までは、まだ道中なかばに過ぎず、空には雪もよいの雲も重い)        三河国保美という所に杜国が世間から隠れ住んでいるのを訪ねようと、まず名古屋の越人に手紙を出して誘い出し、鳴海からまたもとの道を二十五里、あともどりしてその夜は吉田に泊まった。  寒けれど二人寐る夜ぞ頼もしき(旅の宿のふとんは薄く折からの寒さも身にこたえるが、それでも道中の友と二人で寝るのは心強いことだ)        )


【昭和の風景】津軽弁(No.698)

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「あらげねぐ やるはんで まねんだね。」
「荒っぽく やるから ダメなんです。」の意。


【タイムラプス】令和6年12月23日(月)7:20〜9:51の伊豆長岡の空。21秒。

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