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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

自画像や独り静かに虫すだく

自画像を描いてみた。

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iPhoneで自分の顔写真を撮り、その画像を脇に置きながら6Bの鉛筆で下絵を描く。これに、先日銀座の伊東屋で買ってきたフィクサチーフを吹き付けて線を定着させる。絵の具は、初めて透明水彩絵の具を使った。固形絵の具ではなく、チューブ入りの12色。
使ってみて、これほど違いがあるものかと驚いた。何だか一気に絵が上手くなったかのような錯覚に陥った。
まず、フィクサチーフだが、この定着液スプレーを吹き付けることによって、鉛筆の線が絵の具を塗っても擦れなくなった。これまで描いてきた風景画は、固形絵の具の質が悪かった上に、絵筆の毛が鉛筆の線を擦ってしまうから、どうしても汚い仕上がりになっていた。
次に、透明水彩絵の具。こちらは藤沢の文具スーパーで買った。「サクラ透明水彩12色」でラミネートチューブ入り。チューブだから携帯にはかさばるが、自宅で描く分には一向に差し支えない。パレットの細かい仕切りに、五円玉の穴くらいの少量の絵の具を、黒、白、朱、レモン、ビリジアン(緑)、藍と6色取り出す。それを適当に混ぜてそれらしい色を作り出す。混ぜると大抵くすんだ色合いになるが、中学時代の美術の先生に「原色はそのまま使うな、混ぜてオリジナルの色を作れ」と刷り込まれて以来、絵の具は原色を使わず必ず混ぜるようになった。その癖が今も直らない。
肌の色を作るのにいつも苦労するが、今回は上手くいったように思う。それはたぶん透明水彩だからに違いない。透明水彩は混ぜてもくすまなかった。鉛筆のラインもフィクサチーフのお陰で流れなかったし、彩色の具合が明らかにこれまでと違って明るい(表情は暗いが…)。
自画像そのものを描いたのは今回が初めてではない。5年ほど前までパソコンのflashで何度か描いたことがある。その頃はflashというアプリケーションソフトにハマっていて、暇さえあればflashをいじっていた。ちょっとした四字熟語クイズを作ったりもした。死ぬ前に一作でいいから山村浩二のようなアニメーション作品を作ってみたいと思ったのもその延長上でのこと。
しかし、flashを開発したmacromedia社がAdobe社に買収されたあたりからflash熱も徐々に冷めていき、現在はflashをほとんどいじらなくなった(というか、flashという製品名自体消滅してしまった)。伊豆のiMacにはflashの残骸(Adobe Flash CS3)がインストールされてあるが、アナログの水彩画(淡彩画)に先祖返りした今は、再びそれが立ち上がる日はおそらく来ないだろう。
今はとにかく、鉛筆で、絵の具で、絵を描くのが面白い。寺田寅彦は言う。「調子のごくごくいい日にはいいかげんに交ぜる絵の具の色や調子がおもしろいようにうまくはまって行く。絵の具のほうですっかり合点してよろしくやってくれるのを、自分はただそこまで運んでくっつけてやっているだけのような気がする。こんな時にはかなり無雑作に勢いよく筆をたたきつけるとおもしろいように目が生きて来たり頬の肉が盛り上がったりする。絵の具と筆が勝手気ままに絵をかいて行くのを自分はあっけに取られて見ているような気がするのである。こんな時には愉快に興奮する。庭を見ても家内の人々の顔を見ても愉快に見え、そうして不思議に腹がよくへって来る」(『自画像』青空文庫)。こういう気分はとてもパソコンでは味わえない。(あ)
タイムラプスは、9月22日(木)5:38〜7:45の伊豆長岡韮山方面)の空。
あやめ湯(17:23〜17:54)2→4人。

208歩。