いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

花火の間継いで出湯の夜景かな(あ)

学童保育の手伝いをして2週間が過ぎた。

一緒に遊んでいて去年と違うと思ったのは、本将棋を指す子が多くなったということである。去年は「先生、将棋やろ?」といえば「回り将棋」のことだったが、今年は「本将棋」の意に格上げされた。だから普通に将棋といえばどっちのことか判らない。それで子どもたちは本将棋のことを「ほんしょう」と言い、周り将棋のことを「まわしょう」と呼ぶようになった。

将棋盤と駒は5セットある。3月の予算執行ギリギリで2セットを加えた。その5セットが今年は常にテーブルに出される盛況ぶりである。

際立つのは新1年生に本将棋を指せる子が複数いるということ。そんな子は去年は一人もいなかった。また、去年は回り将棋しかやらなかった子が、今年は本将棋を指すようになったこと。駒の動かし方は初心者ながら、私に負けて悔しがるところは今後大いに期待が持てる。どうかこれからもどんどん本将棋を指して腕を磨いて欲しいと思っている。

将棋に対して囲碁の方はさっぱりだ。私が去年の夏、囲碁の輪を広げようと13路盤と19路盤を厚紙で作り、碁石も本格的なやつを2セット用意してみたのだったが、私の教え方が悪いせいもあって、輪はなかなか広がっていかなかった。

今年行ってみたら囲碁セットは去年と同じところに置かれてあったが、「囲碁やろうか」という私の誘いに乗ってきたのは、現4年生の女の子1人だけだった。今は私も自由時間ともなれば将棋に模写にと声をかけられ、一人だけ乗ってきた女の子ともほとんど囲碁をやれなくなってしまった。


【写真】伊豆長岡の花火。

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昨日は「韮山狩野川まつり花火大会」(約3,500発)で今日は「伊豆長岡温泉戦国花火大会」(昨年実績4,035発)。名称は異なるが、花火が打ち上がる場所は同じ。だから、写真は今日の花火だけ載せる。

伊豆の国市に合併になって12年になるのに祭りの主催は未だに旧町名にこだわる。肌に馴染むのは、どうしたって昔ながらの土地柄を反映する呼び名であるのは仕方がない。伊豆に移り住んで、同じ伊豆の国市でありながら、旧町の韮山町、伊豆長岡町、大仁町に昔から住んでいる人の微妙な温度差がなんとなく判るようになってきた。


水墨画】花菖蒲(No.10)

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これも鉛筆であらかじめ下描きをしている。そうしないと全体のバランスが取れない。仕上げに鉛筆の線を消しゴムでトントンと叩くようにして消している。これを下描きなしで直接墨を入れたら、画仙紙なんて百枚あっても足りないだろう。


【水晶苑】15:25〜16:28。

午前勤務で家に帰り、少し横になってから水晶苑に出かける。行くと看板氏と浮橋氏が風呂場で細野豪志の新党結成の動きについて意見を交わしていた。私はブログでは政治に関して一切語らない姿勢を貫いてきた。それは今後も同じ。選挙権を持つ以上、政治に関心がないわけではないが、選挙権を持つ以上の興味関心は持たない。さりげない日々の幸せを愛おしみ、自然と共に暮らしていければそれでいいと思う人なのである。

浮橋氏はこのブログに初めて登場する人だが、知的な雰囲気を漂わせる不思議な魅力を持った人である。浮橋という呼称は田中山を越えた向こうに広がる盆地の地区名で、浮橋氏はその地の人らしい。

最初に浮橋氏を知ったのはアマデウス3時半氏が出る演奏会に行った時である。その時、アマデウス氏が「向こうのいちばん前の席に座っている人は◯◯さんと言って、浮橋に住んでいる人です。同じ時間にお風呂でよくご一緒になります」と紹介してくれた。◯◯さん、と名前を教えてもらったのにそのそばから名前を忘れてしまい「浮橋」の地区名だけが記憶に残った。

いつかアマデウス氏と浮橋氏がベルリンフィルの演奏がどうのこうのという話をしている時に、私はベルリンでその演奏をよく聴いたと浮橋氏が言っていた。

ベルリンに住んでいたことがあると? 同じクラシック曲でも指揮者によってまるで違うように聴こえると耳の肥えた人は言うが、浮橋氏ももしかしてその類の人なのかな。ベルリンにいたことがあるということは、外資系の会社にお勤めの方だったんだろうか。年恰好は70前後といったところか。

ベルリンフィルの話を耳にして以来、浮橋氏は私にとってどこか知的などこか不思議な人となった。


【タイムラプス】8月4日(金)5:05〜7:09の伊豆長岡の空。30秒。

https://www.facebook.com/aisakajiro/videos/10213884288043537/


【歩数】2,788歩。

西日濃く沁みて病院ヘリポート(あ)

【写真】返照の順天堂病院。

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正式名称は「順天堂大学医学部附属静岡病院」。屋上にドクターヘリポートがあり、静岡県東部の基幹病院と位置付けられる。
私が神奈川県に勤めている時に糖尿病で教育入院し、いずれ伊豆に住むことになるのだったら継続治療はここだと決めた病院。
しかし、再診で診てもらった勤務医が、たまたま三島の大場にある開業医の娘さんで、普段は大場の病院で診療し、木曜だけ順天堂病院に勤務する女医だった。その人が、再診で順天堂病院に行った時に「これから定期的に通院するということになると、ここのような大きな病院は予約が取りにくいから、よかったらうちの病院に来ませんか?」と、ご自身がメインで診療している大場の病院を勧めてくれたのだった。以来、月に一度のペースで大場の病院に通院している。今年で5年目。
地元の人は順天堂病院のことを親しみを込めて「じゅんてん」と呼ぶ。病院に親しみを込めるというのも何か変な感じだが、近くに大きな病院があるというだけで、自分の体の隅々まで守ってくれる安心感があるのだろう。ちょっと風邪を引いたくらいでも大きな病院ににかかろうとする。1本注射を打ってもらうのに何時間も待たされるのにね。
写真は、学童保育の駐車場から撮った。病院のヘリポートからサーチライトのような強い光を感じて、反射的にカメラを向けていた。時刻は午後6時7分。病院の建物だけが西日をまともに浴びている格好だ。
西日だから光源は当然西の方角なのだが、これがどうもピンとこない。私の感覚では北の方角になってしまうのだ。私は富士山を背にして写真を撮っている。つまり、病院が背にしている山が南側で、その先に天城山があり、病院の右を西へまっすぐ行った先に沼津の海があるという地図が私の頭に広がる按配だ。
これは伊豆半島が富士山からまっすぐ南へ突き出ているという思い込みによる錯覚だ。狩野川が太平洋を背に富士山に向かって流れることがどうしてもピンとこないのと根は同じところにある。伊豆に住むようになって5年も経つのに未だに錯覚から目覚めない。

水墨画】猫柳に小鳥(No.9)

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全体に墨が濃すぎた。猫柳は、手本では「淡墨を含ませた穂先に中墨を付け上からそっと押さえる感じに」描くように説明しているが、淡彩画のように面相筆で輪郭をとり、中を塗りつぶす方法で描いた。だから仕上がりは、水墨画でありながらどこか淡彩画の趣が残る。

【あやめ湯】18:09〜18:43
久々にマイ桶氏と一緒になる。一見スリムになった感じで、そのことを言ったら、この2ヶ月ばかり順天堂病院に入院していたと言う。詳しい病名は訊かなかったけれど、内視鏡で手術したと言うからどこか内臓器官の疾患だったのだろう。
マイ桶氏は私より3つ年上。歳をとってあちこちいろいろガタが出てきたと嘆いていたが、人ごとではない。私も、いつどうなるかわからない。いつまでも若いつもりでいても体は正直だ。気がついたら体が言うことを聞かなくなっていた、なんてことは十分あり得る。
そういえば、この前の定期診察の時に医者から市の健康診断を受けるよう勧められた。糖尿病の人は、そうでない人に比べて癌になりやすいから健康診断を受けて早期発見を心がけなさい、だと。そうかあ、周りの人に気を遣わせるのは本意じゃないから、10月に入れてある医療センターの胸部レントゲンの予約に胃カメラと大腸癌検査も追加してもらおうか。

【タイムラプス】8月3日(木)6:10〜8:09の伊豆長岡の空。29秒。

【歩数】3,179歩。

西瓜食ふ縄文人の血の確か(あ)

【写真】スイカ割りの孫。

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孫娘がスイカにじいじの顔を描くんだと言ってマジックで私の顔を描いた。孫娘はともかく絵が好きで、インスピレーションが湧けばどこにだって絵を描く。
スイカは下のコンビニで買ってきた。コンビニには地元のとれたての野菜が毎日並び、晩酌に野菜をつまみたい時は気軽に買えるので重宝している。日によって欲しい野菜があったりなかったりするが、この時期はトマト、ナス、キュウリ、ピーマン、シシトウのどれかは置いてあり、見つければトマト以外は大抵買う。トマトはミニ菜園にミニトマトを植えてあるからそれをつまむ。
先月下旬から、ここへ田中山のスイカが登場した。田中山というのは、私の住んでいる高台も含めて、伊豆スカイラインへ通じる尾根道までのなだらかな丘陵一帯を指す。そこで農業を営んでいる一軒の農家(コンビニ店主は「親方」と呼ぶ)からコンビニに並ぶ全ての野菜が運ばれてくる。スイカもそこの農家で育てられたもの。
田中山はスイカの名産地としてその名を知られ、毎年「すいか祭り」が地元の公民館で行われる。今年は7月30日(日)で、孫を連れて行きたかったが、「すいか祭り」は午前で終了ということで孫の到着が間に合わなかった。
この大きさで1,700円は安い。スーパーだと2,000円はする。しかも甘い。田中山のスイカはまずハズレがないから、スイカは毎年このコンビニで買うことに決めている。
スイカ割りをしようとしていたところへ雨が降ってきた。それでスイカ割りを諦めて、普通に切って食べようかと孫に提案したら、嫌だ、やると言う。二人は浴衣に着替えてやる気満々、雨だろうが何だろうがやると言ったらやるの構え。しょうがない、じゃあ部屋の中でやるべえと要求をのむ。
叩く棒は、去年の職場からもらって来た「不審者撃退棒」を使う。昔の警棒みたいなものでしょうか。こんな棒で不審者を撃退できるはずもないのだが、職場にはなぜか後生大事に2本備えてあって、去年のリーダーが暮れの大掃除の時に、こんなのあっても邪魔だから誰か持ってってと言うから、孫の遊び道具ぐらいにはなろうかと私が譲り受けた。それが今年のスイカ割りでデビューすることになった。

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叩く順は孫娘→お兄ちゃんと決まり、棒を支柱に目をつぶって10回くるくる回る。回らなくてもいいんじゃないの? と言ったが、これをしないとスイカ割りじゃないと頑として譲らない。テレビやパソコンをぶっ叩かれては大変と内心ヒヤヒヤしたが、そんなことするわけないじゃんと孫なりに気を遣ってくれたみたい(というか、目をつぶったふりをして、しっかりスイカを見て叩いていた)。
棒が小さすぎて一振りでパカーンという具合には割れなかったが、大きくひび割れ汁がカーペットに染み込んだところでジ・エンド。仕留めた獲物を囲む縄文人よろしく、ワイルドにスイカに齧りつく二人であった。

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水墨画】)鈴蘭(No.8)

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右側の葉を最初に描いたが、意図に反してかすれてしまった。筆への淡墨の含ませ方が足りなかった。ほんの微妙な加減なのだが、これが時として命取りになる。だから水墨画は怖い。
裏葉をやや薄く描いてそれと判るように描いたつもり。葉脈は後から面相筆で描いたが、下地の墨が濃すぎて葉脈の線が目立たない。でも、却って目立たないくらいがちょうどいいのかもしれない。
花の蕾の位置を一つだけ間違えた。これも愛嬌。

【歩数】1,356歩。

砂浜の絵の紛れなき孫の夏(あ)

一人で孫二人の面倒を見る。
カミさんは午前10時過ぎに家を出て職場に向かった。明日は休みが取れたので、仕事が終わったら横須賀へ帰らずに伊豆に戻って来るという。戻るのは夜の9時過ぎになるだろうとのこと。
さて、それまで孫と何をして過ごそうか。前もってあれこれプランを考えたがいいアイデア浮かばない。当の今日になっても浮かばない。プールは昨日行ったしなあ。でも一応訊いてみるか。「今日もプール、行く?」
「行かない。どうせ歩いて行くんでしょ?」と孫娘。これでプールの線は消えた。大仁の祭り(きにゃんね)に連れて行こうかとも考えたが、これまた歩きになるのでたぶん行かないと言うだろう。仮に行ったところで人混みに姿を見失ったら大変だ。ここは静かに家で過ごすのが無難かな。
というわけで、家で過ごすことにした。何をして過ごそうかと家の中をぐるぐる見回していると、孫娘が「木でなんか作りたい」とヒントをくれた。なるほど、木工はしばらくやってなかったな、よしそれにしようと、物置から木工グッズの入ったカゴを引っ張り出し、金槌と釘を与える。
外の敷石のところでやらせようとしたら、やだ、平らなところがいいと孫娘が言う。そこで玄関の履物をどかして作業場をこしらえた。その間、お兄ちゃんはパソコンでYouTubeを見てケラケラ笑っている。が、孫娘が釘を打っているのを見て自分もやりたくなったのだろう。パソコンの前を離れて金槌を持った。
やれやれこれで昼飯まで時間を潰せると思いきや、木工は10分も持たなかった。お兄ちゃんはテレビゲームをやり始め、孫娘はお兄ちゃんの代わりにパソコンの前に座った。ああ、かつては楽しんで作った木工も、今やデジタルなバーチャルの世界に取って代わられたか。これも時代の流れなのかと、二人が突散らかした木工グッズを寂しく片付けていて、突然、ピンと閃いた。そうだ、玄関の三和土に絵を描いたらどうだろう。
殺風景なコンクリートの三和土に絵があれば、暗い玄関も多少華やぐのではないか。どうして今まで気づかなかったんだろう。こうなればもうアートだらけの家にしてしまえ。そんなノリで「どうだ、玄関に絵を描かないか」と孫に提案する。
反応がない。「どう?」。もう一度訊く。すると孫娘がニタっと振り向いて「描くに決まってんじゃん」だって。全く可愛げがない。言い方がどんどん生意気になってくる。
そうか、描くか。ではまずコンクリートを水できれいにしよう、はいタワシ、これでゴシゴシこすって。水が乾くまでお昼を食べて待っていよう。お昼は素麺だよ。
昼食後、孫二人に家の留守番をさせ、ホームセンターまでバイクを走らせてペンキを買ってくる。色は、青、白、茶、緑、黄の5色。これで砂浜を描く。砂浜とは私が決めた。玄関のドアを開けると砂浜があり、海の先に龍宮城がある構図、つまりは家の中が龍宮城というイメージだったが、それが孫にうまく伝わらず、砂浜と海が逆になってしまった。まあ、いいか。最後に記念として二人の手形を砂浜に押して完成。
夕食はたらこスパゲティとポテトフライを食べさせる。大仁の花火を見せようと思っていたが雨が本降りになって中止(になったみたい)。カミさんは雨の箱根越えで夜9時前に到着。怖かったけど、トラックが多くて、トラックの明かりが心強かったと言っていた。

【写真】玄関の三和土にペンキで絵を描く孫。
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こういうのがテレビゲームより絶対面白いと孫に伝えたつもりだが、じいじの思いはうまく伝わっただろうか。

水墨画】椿(No.7)

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椿は割と描きやすかった。しかし、椿の葉の特徴である肉厚な感じがイマイチ表現しきれず、やや不満。紙は前回と同じ、呉竹のにじみの最も弱い画仙紙。

【歩数】7,928歩。

ビール酌み天真爛漫泡溢る(あ)

午前勤務から帰ってすぐに孫を市営プールに連れて行く。ここのプールは流れるプールがあって市民にも人気だ。

利用客層は圧倒的に小学生同士が多く、その中に私のような孫連れのおじいちゃんふうもちらほら混ざる。どこの家も孫を連れ出すのはおじいちゃんの役目でおばあちゃんというパターンはまずない。昔からそういうものらしい。

孫はプールで2時間近く遊んだ。流れるプールは当人たちは気持ちよさそうだが見守る方は大変だ。「じいじ、見てて」と言われれば見ないわけにはいかない。流れるプールの流れに合わせて炎天を歩いて付き合う。410円払えば自身もプールに入れるが、付き添いだけなら無料で入場できるから無駄な金は使わない。ただプールの縁をぐるぐる回る。

プールから出た後は孫二人に自販機でアイスを買って食べさせ、カミさんに連絡して迎えにきてもらう。

午前は仕事で午後はプールで、さすがに今日は一日中動きっぱなしで疲れました。そして明日は、カミさんが休みを取れず一人で孫の面倒を見る日。はてさて、どんな具合になりますことやら。


【写真】孫娘が描いた私の顔。

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だらだらと晩酌を続ける私に、夕食を済ませた孫娘が「じっとしてて、動かないで」と注文をつけて描いた絵。

半分は注文を受け入れ半分は無視して箸を動かし、焼酎をちびちび楽しむ。

孫娘は絵をあっという間に描き上げた。これまではお人形みたいな絵ばかり描いていたと思っていたのに、いつの間にか描く対象物をじっくり見るという姿勢が見えてきた。

私もこんな絵のように、天真爛漫に描けたらどんなにいいだろうと思う。大人になっても子どものような絵を描く人もいるけれど、そういう人はきっと子どものような天真爛漫な心を持っている人なんだろうな。天真でない私には絶対に描けない絵です。


水墨画】春蘭(No.6)

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これは今までのとは違う画仙紙を使って描いた。呉竹の機械漉きだが、「適度なにじみで初心者にも使いやすい」同社製品間の比較で滲みが最も弱い画仙紙とのこと。使ってみて、同じ画仙紙でもこんなにも滲み方が違うものかと驚いた。

また、手本の説明に「ひねる」という技法があって、葉を描く途中で筆をひねって、側筆での墨の濃さを上下逆転させるというのだが、これがどうしてもできない。

最初、淡墨を筆に含ませ、次に硯の海の中墨を含ませて、筆の中に淡墨と中墨の層を作る。更に硯の丘の濃墨を筆の先にちょんとくっつけ、側筆で素早く描いて片面を濃くもう片面を淡くグラデーションで描く。その途中で筆をひねって濃淡の関係を逆にしてスピードを緩める……。

いきなりの難題に苦戦し、画仙紙ハガキを5枚描き損じた。画仙紙の滲み具合もよくつかめないままこんな高等技術を要求されたって、そんなのできっこありません。

ちゃんと描けるようになるまでいったい何枚描き損じなければいけないかまるで見当もつきません。というわけで今回はこの辺りで妥協。

妥協して落款を押そうとしたら、水墨画用に彫ったばかりの消しゴムの落款がいつもの場所にない。

孫の仕業だ。せっかくの落款が孫の手作り弓矢の矢尻として切り刻まれてしまっていた。ぎゃっ。それで新たに彫り直して押印。今後は孫に見つからないところに隠しておくとしよう。


【歩数】4,258歩。

夕凪やステンドグラスの紫の(あ)

午後1時過ぎ、孫がやって来た。

和室で水墨画に苦戦していると、車からカミさんの声が聞こえ、孫たちの降りる気配がした。孫たちは、じきに「じいじ、来たよ」と玄関から元気に入って来ると思ったら、私の見ている前を忍者のごとく小走りで通り過ぎた。お兄ちゃんは背中に剣を背負い、手に拳銃を持っている。孫娘は真っ赤なワンピースで、武器は携えていなかったが、従順な家来の「くノ一」といった按配でお兄ちゃんに続く。玄関から入らず裏へ回って、そっちの縁側から入る魂胆らしい。むむ、そっちの鍵が開いているのを、どうして知ってる?

8畳洋室の座卓にはガラス絵具を全色置いてあった。今度孫が来たらこれでステンドグラスを描いてもらおうと、100円ショップで買っておいたものである。

そのガラス絵具を目ざとく見つけた孫娘は、早速食いついてきた。「じいじ、これで絵(を)描きたい」。作戦大成功しめしめ、である。

最初は2階のはめ殺しのガラス窓に直接描いてもらおうと思っていたが、絵具を買う時にうまい具合に手芸コーナーに透明シートを見つけ、これはいいと絵具と合わせて買っておいた。

孫娘がガラス絵具で絵を描いているところへ、テレビゲームを始めようとしていたお兄ちゃんも加わる。さすがのお兄ちゃんも、妹がもこもこ絵具で楽しそうに絵を描いているのを見て、自分もやってみたくなったのだろう。

ところが、お兄ちゃんはシュールな1枚をあっという間に仕上げたかと思うと、そそくさとゲームをしに部屋を出て行った。やっぱりゲーム機には勝てなかったか。

ついでに私も1枚描いてみた。お兄ちゃんの肖像画のつもりで絵具を垂らしていったら、似ても似つかぬ面相になり、無理に修正したら怪しいラテンアメリカ系の顔になった。

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なんでそういうことになったのだろう。頭の片隅にラテンアメリカへの憧憬が潜在的に宿っていたのだろうか。そんなことはあり得ない。私は彼の地に憧れたことなど一度もない。

それにしても、絵を描くということだけ取ってみても、油絵、水彩、淡彩、水墨、色鉛筆、パステル、クレヨンなどなど、いろんな描き方があるもんだと改めて思う。そんな中で、私がいちばん難しいと感じるのがただ今取り組み中の水墨画。これをまともに描けるようになるまでには、いったいどれくらいの歳月を費やすことになるのかと途方に暮れるほどである。きっと生きているうちには無理だろうと思えるくらい、それだけ水墨画の技術習得は難しく絶望的なものに感じている。

ああ、水墨画なぞに手を染めるんじゃなかった。もっと身の程を知るべきだった。


【写真】孫がガラス絵具でステンドグラス絵に取り組んでいる様子。

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水墨画】大菊(No.5)

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今回は、葉にも彩色してみた。しかし、なんか薄っぺらい感じになって、思うような効果が得られない。やはり、水墨画の魅力は墨の濃淡で立体感を表すことにあると知った。


【タイムラプス】7月30日(日)6:16〜8:17の伊豆長岡の空。30秒。

https://www.facebook.com/aisakajiro/videos/10213844490488623/



【歩数】385歩。

老い独り安弁当の我鬼忌かな(あ)

【写真】278円の弁当。

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水晶苑へ行く途中の大仁商店街に石井米店という小さなスーパーがある。米店というから昔はお米屋さんだったのだろう。そこの手作り弁当が、なんと今どき278円(消費税込みで300円)で売っている。
今までいろんな弁当を食ってきたが、ここの弁当がいちばん安い。しかも旨い。今日のおかずは鯖の竜田揚げだが、大きなスーパーの惣菜コーナーではこれだけで278円で売られていそうなくらいボリュームがある。
この店は水晶苑の受付の人から紹介してもらった。「みなさん、昼食はどうされているんですか?」と訊いたら、受付の一人が「水晶苑を利用する方の多くは石井米店で弁当を買ってきて、ここで食べたりしていますよ」と言う。
水晶苑の近くにはセブンイレブンがあるものの、他に食事の摂れそうな店がない。いつぞや私が水晶苑にバイクを駐めて、そこから大仁駅前の定食屋まで歩いて行った時の様子を受付の人が見ていて、食事を終えて帰ってきた私に(バイクを置いて)どこへ行ってきたかを尋ねたことがあった。水晶苑を利用しないのに勝手にバイクを駐めては困ると咎められたような気がして、実は近くに食堂が見当たらなかったから駅の方まで行ってきたと言ったら、それだったらと、米屋さんの弁当の話が出たのだった。
弁当は湯から上がってからラウンジで食べる。お茶の用意はないが冷蔵庫に冷水があるからそれで十分。食前の薬も飲める。そこでお婆さんたちがテレビの「おんな城主直虎」の再放送を見ながら「ほんと、この子(虎松)は賢いねえ」と感想を述べ合っている隣で、黙々と弁当を食べるのである。

水墨画】小菊(No.4)

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花は輪郭を墨で描いて透明水彩絵具パーマネント イエロー レモンで彩色した。ここでもまた横着して、輪郭を描いた同じ面相筆で色を塗ったのがいけない。最初に塗った中央の花はくすんだ黄色になってしまった。
面相筆は3本あるのだから、彩色するのに新しいのを使えばよかっただけのことなのに、それすらしないというのは、よほどの横着者というか水墨画をなめているとしか思えない。
葉は彩色せず、そのまま墨の濃淡で表した。これを一筆でさっと描ければかっこいいのだが、実際にはそうはせず、手本を見ながら濃淡を確認し、淡すぎるところに後から墨を滲ませて濃くした。でも仕上がりを見れば立体感が表れていて、それほど悪くもないかなと思っている。

【水晶苑】12:59〜16:16
栗畑氏に3子置いて1勝3敗。栗畑氏は、現役時代に大仁の町役場にお勤めだったと看板氏から聞いた。氏とは、私が囲碁サロンにデビューしたての頃に1局お相手してもらったことがある。その時は2子置いて歯が立たなかったので、今日は3子置かせてくださいと申し出た。それでも勝ったのは4局中たったの一回。
初めての対局で自己紹介した折、「立花のどこ?」と私の住む場所を訊いてきて、そう訊いてくるということはもしかしてこの人も立花なんだろうかと思った。そうしたら、家は旧下田街道沿いにあり、立花には栗の畑を所有しているのだと言う。うわっ、先祖代々の豪農の方だった。
その栗畑ならよく知っている。私の散歩道だ。ということで一気に親近感を抱いたのだったが、あれからよく顔を合わせるわりにはタイミングが合わずなかなか対局できないでいた。
年齢は80前後といったあたりだろうか。とても穏やかな方だけど、こと碁に関しては結構厳しく攻め立てる方で、私が負けた3局は全て中盤で大石の目を奪われた結果である。よし、次は負けまいぞ。

【タイムラプス】7月29日(土)6:10〜8:42の伊豆長岡の空。38秒。
(Facebookのリンクがうまく貼り付けられないので、今日はEvernoteからの貼り付け)

【歩数】1,885歩。