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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

ひたひたと春の波寄せ齢また

今日、4月4日は私の誕生日。
64歳になった。あと6年生きたら古稀ですよ。全く実感が湧きません。
これまで私の誕生日のことなど一切口にしたことのないカミさんが、「あれ、今日はお父さん(カミさんは私のことをそう呼ぶ)の誕生日だ」と口にしたものだ。口にしただけで、何をどうしようという頭はない。ちょっと言ってみただけという感じで、モーニングコーヒーを飲んでいる私にぽそっと言う。私もどんな反応をしていいものか思いあぐねて黙っていると、伊豆に戻ったら温泉に入って自分で一杯やってればいいと言う。要するに一人で勝手に伊豆で誕生日を祝ってろ、と。そんなこと言われなくたってそうしますのでどうぞお気遣いなく、ですよ。
私は転出届を出しに藤沢市役所へ、カミさんはパンクしたタイヤを交換しにディーラーへ行くというので、時間を合わせて9時半にカミさんの実家を出た。車は逗子を通り鎌倉を抜けて国道134号線の海岸を走る。平日の昼前で道は空いていた。左に見る海はどこまでも静かで、柔らかな春の日差しに照り映えて眩しい。湘南の春は海からやってくるという具合に、汀に打ち寄せる波が穏やかにためらいがちに、隣の波と絡まり合って引き返す。
江ノ島の手前を右折し境川沿いを走って藤沢市役所に着いたのが10時半。そこで車を降りてカミさんと分かれる。市役所に転出届を提出したら、カミさんの分はちゃっかり自分で横須賀への転出届を出していた。窓口の人に指摘されて知った。何だ、それだったら早く言えよ、会話のない夫婦と思われてしまったではないか。(あ)

【写真】追浜の居酒屋「一本松」のメニュー。

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昨日、花見の後の呑み会の帰り、急にこの店の煮込みが食いたくなってふらっと立ち寄った。
新採用で横浜の高校に勤めていた頃はカミさんの実家から通っていた。カミさんの実家の二階がアパートになっていて、義父が5部屋あるうちの2部屋を繋げて改装し、私のために提供してくれていた。
その頃は、第二職員会議と称して職場の同僚とネオン街へ繰り出しよく呑みよく議論した。同僚と呑まない日は、帰りに時たま「一本松」で煮込みをつまみながら呑んだりした。ともかく暇さえあれば呑んでいた。
前の店はもっと駅寄りにあって、店の中に松が一本生えていた。というか、松が生えている所に掘っ建て小屋を立てて呑み屋を始めた、といった感じの店構えだった。そこの煮込みは中に竹輪が入っていて、なかなかのボリュームがあった。
昨日はその煮込みを無性に食いたくなったのだ。今の店は前の店より100mほど離れたところにある。駅前開発に伴う立ち退きで、シンボルの一本松は切り倒されたが店の名には残った。店が今の場所に移転した時は既に平塚のアパートに引っ越していたから、店が新しくなってからは一度も入ったことはない。それで酔いのついでに立ち寄ってみることにした。
客はテーブルに4人、カウンターの奥に2人ばかりいた。私は手前のカウンターに腰を下ろし、飲み物は何にしますかと近づいてきた店の人に、瓶ビールをください、それと煮込み、と告げ、ここの煮込みが懐かしくて食いに来ました30年ぶりかな、と付け加える。
出てきた煮込みは、昔のとは違っていた。どこにでもある普通のモツ煮込みになっていた。確か昔は竹輪が入っていましたよねと煮込みを運んできた人に言うと、昔はそうだったが、今は息子の代になって、メニューは全て息子に任せてあると言う。ということは、煮込みを運んだ人は前のご主人だったか。う〜ん、顔を全然覚えていない。
他にどんなメニューがありましたっけと訊いたら、チョークでメニューを書いた黒板を持ってきた。それが写真の黒板。大相撲の番付表のように整頓された文字がびっしり並んでいる。その中に「くじら竜田揚げ」というメニューを見つけ、へええ、くじらの竜田揚げがあるんだと言ったら、くじら竜田揚げ一丁! と、張りのある声を厨房に発したものだ。ただメニューの一つを声にしただけなのに、注文したことになってしまった。でもまあ、旨かったから許しましょう。

【淡彩画】夏雲スケッチ(No.61)

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ポイントは「塗り広げた青い絵の具がまだ乾かないうちに、雲の部分だけぬぐい取るように拭き取る」こと。
鉛筆の下描きはなし。空に青色を塗り広げ、雲の部分をティッシュペーパーで拭き取ったが、拭き取り方がのんびりしすぎたせいか、青色が雲に残って、青空と雲の境目がはっきりしなくなってしまった。

【あやめ湯】17:48〜18:22(2→3人)

【歩数】5,038歩。