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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

冬休み待つ子の碁石音高し

今週は3年生の担当で、4時45分まで本館とは別の、校舎2階の小教室で子どもたちの面倒を見ている。

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3年生は登所時に他の学年の子たちと一緒に本館でチェックを受け、制服から体操着に着替える。着替えが終わると、上履き、防災頭巾、水筒、筆箱、宿題を抱えて本館から校舎2階へ移動する。同じ学年でもクラスによって下校時刻が微妙に異なるから、全員がピタッと揃うことはまずない。大幅に時差が生じた場合は、先発組と後発組に分け、先発組を一旦校舎2階へ連れて行った後、後発組が揃ったという電話連絡を受けて(3年担当は携帯電話を持つ)、再び本館に戻り、後発組を連れて来る。
校舎2階の小教室は、担当になった二人のスタッフが子どもたちが登所して来る前に掃除をしておく。全員で本館を掃除した後でそれをやるので、結局2箇所の掃除をすることになる。
それで、昨日も今日ももう一人の担当が都合で遅くなるというので、小教室の掃除は二日とも私一人でやった。でも、時間はかかるけど、その方がかえって気兼ねがないから気分的には楽だ。
小教室の隣が放送室になっていて、私が掃除をしている間は昼の放送を流していた。給食の献立の説明をし、その後に伊豆の国市の歌「夢色の空」を流す。恐らく来週の終業式で歌う準備なのだろう。
この歌は市制10周年を記念して昨年4月1日に発表された。メロディーは可もなく不可もなしといったところだが、歌詞の3番に♪わたしたちのくに♪とあるのが引っかかる。どこかしら排他的な臭いがして鼻につく。作詞担当は伊豆の国市歌制作委員会とあるから、さもありなん、である。複数で雁首揃えて作るとこうなるという典型例だ。責任、というか覚悟の所在がはっきりしない歌詞になるに決まっている。1番が♪わたしたちのまち♪で、2番が♪わたしたちのさと♪。これくらいにしとけばよかったのに、締めくくりの3番で、市の名前に引きずられたかのように♪わたしたちのくに♪としたものだから、俄然しょぼい歌詞になってしまった。これを覚えろ、歌えと言われる小学生は大変だ。排他的な子にならないよう切に願うばかりである。
小教室でおやつを食べ、宿題に取り組んだ後は、4時45分に本館に戻る。校舎を使えるのは5時までだから、それまでに出なければならない。七面倒なことこの上ない。聞くところによると、他の児童教室では学校の昇降口を間仕切りして使っているところもある由。共働きや母子家庭のお子さんの放課後の活動場所を市で確保せよとなったはいいが、実態はこの有り様である。
本館に戻って、他の学年が自由遊びをしているところに加わる。今日、私は3年の女の子に誘われて囲碁をやった。初心者用の13路盤に石を並べていたら、玄関で私の名を呼ぶ声が聞こえた。行くと、1年生の男の子を迎えに来たおじいさんが、「今度、この子に囲碁を教えてくれないか」と相好を崩しながら言う。私が囲碁を打っている姿を見かけて、玄関で応対している当番の人に私を呼んでくれと頼んだらしい。迎えのおじいさんはきっと囲碁をやる方で、お孫さんと一緒に囲碁を打つ図を思い描いたのだろう。そうなったら、どんなに楽しいことだろうと思っての満面の笑みだったと理解した。
それは私としても願ってもないこと。(残り3ヶ月余しかないが)1年生のこの子にぜひ囲碁を覚えてもらって、おじいちゃんと対局できるようにしてやりたいと思ったことだった。(あ)

【タイムラプス】12月15日(木)6:32〜8:46の伊豆長岡の空。33秒。

【あやめ湯】18:33〜19:14。4→3人。

【歩数】2,469歩。