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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

晩秋や富士も聴かれよ津軽の音

今朝はいつもの辻堂駅6:12に乗り遅れて、次の6:40発の沼津行きに乗る。これまでは何とかぎりぎり乗れたことが何度もあったが、今日はみごとにしくじった。しくじったのはこれで二度目。
この6:40の電車は下りとは思えないほど混む。ドアの前に立ち止まらず奥へお進みください状態になる。これじゃ小田原までどころか熱海まで立ちっぱなしかもしれないと覚悟したら、次の茅ヶ崎駅で端の座席が二つ、すっと空いてタイミングよく座れた。空いた座席の前には人が立っていて、私のポジションはその人の一つ後ろだったのだが、前の人が座る気配を見せなかったので、ありがたく座らせてもらった。座ってポケットからiPhoneを取り出してブログの下書きを打ち始める。
電車が早川駅に差し掛かったところで顔に朝日をまともに受ける。ちょうど水平線を昇る朝日と目の高さが同じになり、眩しくて目を開けていられない。iPhoneを閉じて目を閉じる。閉じてうつむいたら、いつの間にかうとうと函南駅まで眠りこけていた。
伊豆の家に着いてブログの続きを書く。今日はちとてこずって、書き上げたのが昼近くになった。もっとさくっと書けるようにしたいのだけれど、なかなかそうならないですね。ブログを書き始めて今年で4年目、昔に比べてずいぶん書き慣れてきたように思うけれど、もたもたするのは一向に改善されません。特に今日てこずったのは、タイトルにする五七五。これがなかなか浮かんでこなかった。
タイトルを俳句らしくしようと、季語を歳時記から拾ってくるのにいつも苦労する。一応、歳時記は伊豆に『日本大歳時記』(講談社版)の「春」「夏」「秋」「冬」の4冊(「新年」はない)と、藤沢に『合本俳句歳時記第三版』(角川書店)を置いてある。合本はせいぜい国語辞典1冊分だから持ち歩こうと思えばできないこともないが、大抵は持ち歩かないで家の机に置いておく。それで、今日のように移動中に俳句をひねろうなんてことになると、手元に歳時記がないから「秋の空」とか「秋深し」とかの言い古されたありきたりの季語しか思い浮かばないのである。
電車で伊豆へ向かうたびに、ここに歳時記があったらなあと思うことは多々あった。ずっと気にしていたが、今日ついに買いました。ええ、iPhoneに『合本俳句歳時記第四版』(角川学芸出版)をダウンロードしました。2,500円。
実はこの価格がこれまで買うのをためらわせていたわけだが、老い先長くないんだから、こんなところでけちけちしたってしょうがないだろうと思い、えいやっと思い切って買いました。思い切るほどのことでもないけれど、まあ、買ったからには元を取るざますの勢いで、これまでどおりばんばん作っていきますぞ。
俳句は作り続けてこれまた4年目になるが、一度もびしっと決まったためしがない。いい加減、上達してもいいのにそうならないから嫌になる。歳時記の作例を見るにつけ、どうしてこんなに上手いんだろうとため息ばかりが出る。でもね、私だって密かに思うところはあるんですよ。一生に一度でいいから、これだ!と思えるような作品をいつか作ってやるぞ、って。その気概でこれからも頑張って作り続けていこうと思います。継続は力、ですから。(あ)
写真は、今朝の富士山。

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田京駅から家へ向かう途中の津軽三味線教室の前で撮った。てっぺんもだいぶ白くなってきました。
あやめ湯(18:35〜19:12)2→3人。

5,570歩。