いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

紫陽花の下で平和が眠ってる

写真は、放課後児童教室のスタッフルームの窓から見える紫陽花。

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去年の剪定時期を誤ったせいで今年は庭の紫陽花が咲かない。いつも咲くはずのところに花がないのは寂しいものである。なんか、紫陽花に悪いことをしたような気がして申し訳なく思う。今を盛りと咲く紫陽花をあちこち見るにつけ、つい後ろめたい気持ちになってしまう。
そういう目で見るものだから、出勤に通る道道の紫陽花が今年はやけにきれいに見えてしかたがない。この教室の紫陽花もそう。周辺の紫陽花に比べて花がやや少ない気がするが、これとて咲いて「くれた」紫陽花だから、ひとしおきれいに感じるのである。
紫陽花は、教室の北側の道路脇に植わっている。実は、ここに紫陽花があるとは知らなかった。スタッフルームの窓の正面には、道路を挟んだ向かいの家は見えるが、紫陽花はちょうど窓の下に隠れて見えない。それで、この写真はその窓の網戸を開け、覗きこむようにして撮った。それには先週土曜日に起こったある小さな出来事が絡んでいる。
私は先週の土曜は藤沢に戻っていて出勤していない。以下は、玄関の鍵を持っている人が出勤してくるのを待つ間に、私がサブリーダーのスタッフから聞いた話である。
土曜日は業者が入って校舎の消毒を行なった。予定にはなかったけれど、ついでに教室の周りも消毒してくれるというのでそうしてもらった。すると、消毒し終わったところで、ドンという、窓ガラスに何かがぶつかる音がした。結構大きな音でびっくりした。その日の教室利用者は5人と少なく、そのうち4年生2人が早めのお迎えで帰って行き、1年生だけが3人教室に残った。大きな音がしたのは、その3人が室内で自由遊びをしているときである。何だろうとサブリーダーが窓の下を見てみると、それは鳩だった。鳩がガラス窓にぶつかって地面に落っこちていた。子どもっちも寄ってくる。鳩はひくひく小刻みに震えて死ぬのは時間の問題だった。それを子どもに見せたくないと思って急いで袋に入れて紫陽花の下に埋めた…。
とまあ、そんな話だった。
私がこの話を聞いてまず思ったのは、断末魔のあえぎをなぜ見せたくないと思ったのかということだった。私がその場に居合わせたら、よ〜く見ろと逆に言っていたかもしれない。
これが鳩でなく、ゴキブリだったらどうだろうと考えてみる。人間にとって愛らしく感じられるものには、餌を与えないでくださいという注意書きを無視して餌を与えるのに、ゴキブリの場合は人類の敵とばかりに化学兵器を噴射して皆殺ししようとする。
まったく人間って奴はエゴの塊ですね。そのことを知らされないまま育つ子どもってどうなんだろうと、つい思ってしまう私はやはり変な爺なのだろうか。きっと変な爺なんだろうな。(あ)
あやめ湯(18:34〜19:17)2→4人。

5,740歩。