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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

ランナーの群れ飲み込んで春岬

三浦マラソンの応援に出かける。

三浦マラソンは今年で第35回。ということは、私が騙されてハーフを走ったのは第8回(1990年)になるか。もっと歴史ある大会だと思っていたが意外に浅い。

騙されて、というのは、当時勤めていた茅ヶ崎の高校の同僚が、一緒に走ろうと私に声をかけておきながら、大会当日に(何の連絡もなく)来なかったことを言う。

私は第22回(2004年)にも三浦を走っている。こちらは10キロ。勤務していた横浜の高校が新しく統廃合になる年に、記念に走りませんかと当時の同僚に声をかけられて走った。結果は惨憺たるありさまで、制限時間を優にオーバーしてゴールしたものだ。以来、私は走るのをやめた。やめて、その時に一緒に走った同僚の応援に徹することにした。

朝6時前に家を出る。孫娘が起きていて、玄関で靴を履いている私に行ってらっしゃいを言う。憎まれ口をたたくようになった孫だが、こういうところはまだあどけない。

大船駅横須賀線に乗り換え、終点久里浜駅京浜急行にまた乗り換え、10分乗って三浦海岸駅で下車。呑み友ランナー一行は既に到着していて、なんと、集合時刻に遅れた私を待っていてくれた。応援する側がランナーを待たせるのだから、立場が逆で恐縮してしまう。おまけに呑み友は私にスペシャルドリンク(焼酎お湯割)&つまみを用意してくれていた。これまた逆の気配りで、応援される側に応援されてしまった。

駅前の、いつもは満開の河津桜も、今年はすっかり葉桜になっていた。こんな三浦マラソンは初めてである。海岸に出ると、春の日がべた凪の海を眩しく照らしている。これまた、こんな穏やかな天候の三浦マラソンも珍しい。おそらく初めてではないかと呑み友が口にするくらい恵まれた天気だった。

午前9時にハーフマラソンがスタート。今回の応援隊は私ともう一人、三浦マラソン初参加という呑み友の元同僚の奥さん。二人でスタートラインから100mほど先の陣太鼓のテントの向かいでカメラを構える。そこで待っているからと伝えてあったランナー4人はカメラに気づいて合図してくれたが、伝えそびれた2人はあっという間に走り抜けたもので、シャッターチャンスを逃してしまった。

スタートの号砲から14分してようやく最後のランナーがスタートして行った。それを見送り、応援隊は荷物置き場のシートに戻る。そしておもむろに差し入れのスペシャルドリンクをグビッとやり出すと、もう一人の応援子はちょっとテントの方を見てくると言って、景品の三浦大根を山と積んだダンボール箱の向こうへ消えていった。

シートに脚を伸ばし、柔らかな春の日差しを浴びながらグビグビ呑っていると、ほどなく奥さんが戻ってきた。さつま揚げに似たマグロ揚げとイカ揚げを差し出し、美味しそうだから買ってきたと私に勧め自分も食べる。

いい気分だ、実にいい気分だ、そのままとろんと横になって寝てしまいそうだ。

学童の仕事をしているという話をしたら、昨秋、保育系に進学予定の生徒を引率して学童を訪問したという話になり、あれそうでしたかと盛り上がり、それから1時間ばかり共通の話題で親しんだ。

トップのランナーが帰って参りました、というアナウンスがあったのを汐に腰を上げ、二人でゴール地点へ移動する。

私はゴール地点に設けられた櫓の一段目の足場に陣取り、では私はスタートの時と同じ場所でと言う奥さんとそこで分かれた。シャッターチャンスを逃すまいと、ブルーのユニホームを注視するのだが、このブルーって色がやたら多くて困った。結果、2人のランナーを認めるのがやっとで、残り4人のランナーを見落としてしまった。全員の勇姿をカメラに収めたかったが、残念、去年に引き続き、またしてもシャッターチャンスを逃してしまいました。皆さん、ごめんなさい。これじゃ何しに応援に行ったんだか分かんないね。(あ)


【写真】風船が飛ぶ三浦海岸の空。風船が飛んだのは初めてじゃないかな。

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ゲストのQちゃん。この後、下に降りて、帰ってきたランナーとハイタッチしていた。

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【淡彩画】早春の高原と山(No.35)

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ポイントは「少しずつ鮮やかに描く」こと。

山頂から麓に向かって少しずつ鮮やかな緑系色を増やし、徐々に色調を変化させることを意識した。


【歩数】7,486歩。

鵜の守る悠久の川春の淵

土曜午前勤務。

昨日、カミさんからメッセージが入り、今日急遽、孫を預かることをなったと知らせてきた。それで、カミさんは午前から小田原へ向かい、私は仕事を終えてから慌ただしく支度をして小田原へ向かう。そのせいで、しまった、今日の昼食の弁当箱を洗い忘れた。

小田原の孫の家には午後4時過ぎに着いた。どこへも寄らず最短でこの時間は、藤沢とたいして違わない。小田原駅からの乗り換えでロマンスカー、特急、急行を見送って時間をだいぶロスした。

カミさんの車に孫を乗せて藤沢に向かう。先週で藤沢での孫の世話は終了と思っていたが、なかなか終わらせてくれない。

「明日は早いの?」と、運転しながらカミさんが訊く(カミさんには、3月5日は三浦マラソンだと先週言ってある)。「6時には家を出るから」と私。「走るの?」って、カミさんは私が走るのだと思っているらしい。「(そんなわけねえだろ)応援だよ」と言うと、「まあ、この忙しいのにご苦労なこった」と言ったものだ。自分一人で孫の面倒を見なければならなくなったことへの不満の色が混ざっているなと思ったが、それ以上は言わなかった。

次いで、4月から無職になると告げた。本当は自分から辞めると教育課長に言ったのに、首になったとまげて言った。それでカミさんの反応を待ったら、カミさんは、無言。そのあと、「で、どうするの?」と来た。

「まあ、首と言うのだから仕方がない」と答えながら、本当のことを言わなくてよかったと思った。本当のことを言えば、何で辞めるって言ったの? と言うに決まっている。この場合、問答無用で首を切られたと言っておけば、カミさんとて諦めざるを得まい、面倒な言い訳をしなくて済むと読んでそうなった。

しかし、カミさんは諦めない。「他の仕事は探したの?」と私に訊く。

よほど私に働いてもらいたいらしい。亭主定年まで稼げ、の心根である。

「面接を受けたが落っこちた」と、こちらは事実をそのまま言った。まだ仕事をやろうとはしたんだよというポーズを見せておく作戦だったが、ポーズだけでなく、採用になったら実際やる気ではいた。だから、一昨日の不採用通知は正直言ってちょっとショックだった。

これで4月から無職になる私だが、ようやく仕事のない生活が始まるんだなと思うと、実感が湧かなくて戸惑う。さて、毎日何をして過ごそうかと考えて、今の私には絵があることをしみじみありがたく思った。毎日やりたいことがあるというのは、こんなにもありがたいことなんだと改めて思った。

 

【写真】川鵜が羽を休める狩野川

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伊豆長岡駅へ歩いている途中で撮った。柔らかな春の日差しを受けて、テトラで羽を休める川鵜も気持ちよさそう。

このポイントから眺める富士山は私のお気に入りなのだが、どうもこのテトラが景観を損ねていて満点をやれない。見えないように川底に沈める程度に護岸できなかったのだろうか。

 

【淡彩画】春の山(No.34)

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まさに季語で言う「山笑ふ」のイメージで描いた。手前の菜の花畑、その向こうに民家と桜並木を描き、全体的に気だるそうな、それでいて明るい春山の感じが出せたと思うがどうだろう。

 

【歩数】7,782歩。

水かけ菜しゃきりと富士の雪解けて

待ちに待った面接の結果が昨日届いた。
「このたびは、伊豆の国市臨時・非常勤職員採用面接を受験していただき、ありがとうございました。慎重に審議しましたが、今回の採用は見送らせていただきます。今後の、貴殿のご活躍をご祈念申し上げます」
ああ、残念。これで4月から無職の身となりました。
一方職場では、1名欠員になったことと誰が5日勤務をするのかという話題で持ちきり。
放課後児童教室の支援員の勤務形態には、5日勤務の人と4日勤務の人と2種類ある。私の職場の場合、今年度は5日勤務が2名、4日勤務が8名いた。これがこの3月で5日勤務だったリーダーが異動になり、代わりに来年度入ってくる予定の人が新人(新人は5日勤務ができない)で、結果、来年度は5日勤務の人がサブリーダーの1名だけになってしまった。
残った誰かが5日勤務をせざるを得ない状況で、学校教育課長も話し合いで決めてくださいと言ってきているのだが、その話し合いがまとまらない。5日勤務でもいいという人が誰もいないのだ。そのくせ、人手が足りない、欠員の補充はいつになるのだ、何で他所では4人も5日勤務がいるところがあるのにうちはたった一人なの? どう見たってこの人事おかしいでしょう、とかまびすしい。
傍で聞く私は蚊帳の外だが、もしここで欠員補充に私の名が出たらどうしよう、その白羽の矢を受け止める余地が私の心にあるだろうか、と、聞きながらそんなことを考えてた。あるいは自分から名乗り出るか。いやいや、それはできない。辞めると言って、昨日は送別会までやってもらい、今さら名乗れるわけがない。
職場が窮していることは十分わかる。わかるが出戻ることはできない。一旦辞めると決めた心は覆えせない。たとえ4月から無職となっても、だ。そんな片意地を張らなくても、困っているんだから助けてやればいいじゃないの、という囁きも聞こえなくはないが、それでも私は、ここは聞こえなかったふりを通すしかないと思っている。(あ)
 
【写真】御殿場の「水かけ菜漬」。
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ご実家が沼津・西浦のみかん園だという同僚から「水かけ菜漬」を分けていただいた。「水かけ菜漬」は御殿場の名産で高級なんだと別の同僚が教えてくれた。へええ、知らなかった。
「そのままだとちょっとしょっぱいので水でさっと洗ってから食べてください。今晩の晩酌のおつまみにどうぞ」と言うので、早速そうした。茎が細いから野沢菜ほどの歯ごたえはないけれど、味に癖がなく、着色料を使っていないのに色合いも青々として、しゃきしゃき旨かった。
これは酒のツマミに持って来いです。私の味覚では野沢菜より上です。ネットに当たったら、「水かけ菜の販売時期は1月下旬から3月上旬」とあって、うわっ、2ヶ月もない。
今日、同僚から分けていただいたのは、御殿場から西浦に嫁いできた近所のお知り合いが漬けたものだという。自家製ですね。旨いはずだ。
 
【淡彩画】冬の木立(No.33)
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ポイントは「影の中の様子も描く」こと。
幹の輪郭を描かないように意識していたつもりなのに、どうしても描いてしまう。結果、絵が重たくなってしまい、思う効果が得られない。下描きの鉛筆の線が残るくらいにしておくのがちょうどいいのだろう。
 
【あやめ湯】18:34〜19:05(6→3人)。
 
【タイムラプス】3月3日(金)6:20〜8:37の伊豆長岡の空。34秒。
 

 

【歩数】1,653歩。

送別の詩や修善寺は春の雨

今日は雨の中を徒歩で出勤。40分歩いて靴びしょびしょ。
スタッフルームの机の上に置かれた当番日誌を見て、昨日の様子を確認しようとしたら、日誌の上に来年度の支援員の名前を印刷したプリントがあった。名簿は市の教育委員会が作成したもので、市内6箇所の放課後児童教室の支援員全員の名前が載っていた。
当然ながら、そこに私の名前はない。代わりに新しい一人の名前があり、最後の10人目の箇所が網掛けになっていた。新しい一人は現リーダーの代わり、そして網掛けの部分には私の後に入ってくる人の名前が記されるはずだった。
しかし、3月1日現在で、そこにはまだ名前が記されていない。つまりは欠員ということである。定員に対して応募者が満たなかったということだ。名簿のもう一箇所の児童教室にも網掛けがあって、今のところ欠員は全体で2名となっている。教育委員会では再募集をかけているようだが、応募があったとは聞いていない。もし応募があったとしても、採用には優先順位があり、応募が1名だった場合はもう一箇所の児童教室に補充されるらしい。たぶん利用者数の関係だと思う。こちらの利用者数よりもう一つの方が10人ほど多い。
それで、シフトを組む担当の人が、差し当たって4月分のシフトを組むのにどうしたものかと頭を抱えていた。これまで10人で回してきたローテーションを9人で回さなければいけない。しかもリーダーの代わりに来る人が新人らしい。となれば、当面はほとんど休みがないくらいのシフトを組まざるを得ないだろう。
傍で聞いていて、何だか申し訳ない気持ちになってきた。だけど、こればかりはどうにもならない。何とか欠員分が埋まるといいですねと言うしかない。
去年のある日、4年のやんちゃ君が遅れて登所してきた。それで、遅れた理由を訊いた私に、いきなりランドセルを投げ捨て「ここは老人ホームか」と悪態をついたことがあった。学校で何か面白くないことがあったらしい。言われて、なるほどここのスタッフは一人40代になったばかりの人がいるだけで、後は全員年配の人だなあ、子どもにはそういうふうに見えるんだなあと改めて思った。
他の児童教室の支援員の構成も似たり寄ったりで、月に一度の連絡会に出席しても全員が年配の人である。安い時給で一日6時間、一月18日を超えて働いてはいけない職場に、若い人が魅力を感じるとは思えない。手取りが月10万に満たないのだから。
そんな条件で再募集をしても、果たして応募してくる人がいるかどうかは怪しい。難しいかもしれないが、利用者数から割り出した分の定員数はぜひとも確保してほしいと思う。辞める私が言うのも何だが、教育委員会には、働くのが嫌にならないような職場環境を整えてほしいと、切に願う。

【写真】今日の慰労会の会場。

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修善寺の温泉場にある。同僚の何人かは以前にここを利用したことがあると言う。地元では割りと名の通る店らしい。

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10畳和室の上座鉄腕アトムウランちゃんの人形が飾られ、何とも妙な空間。その昔、私がまだ小学生だった頃、祖母が浜から拾ってきたらしい片腕のない鉄人28号の人形を、仏壇の位牌の前に飾って拝んでいたのを思い出した。

【淡彩画】初冬の森(No.32)

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ポイントは「主要な木以外はあまり細かく描かない」こと。
背景の森や水面の映り込みを、あまり細かく描かないように意識した。
最初に空を黄色に塗って、濃すぎると思って慌ててティッシュで拭きとったが、だいぶ黄色が残ってしまった。乳白色のどんよりした冬の空を表現したかったが、変に明るくなってしまった。
主要の木の枝は面相筆で細く描いたつもりだが、それでもまだ太い。本当に見えるか見えないかくらいの華奢な線にすべきだった。

【タイムラプス】3月2日(木)6:24〜8:31の伊豆長岡の空。31秒。

【歩数】6,665歩。

孫と遊べ秘密の基地の春の鳥

今日は仕事が休み。
午前中に淡彩画を3枚描く。基本的に一日1枚のペースだが、今週末は土曜が出勤、日曜が三浦マラソン応援で、その両日のアップ分を今日のうちに描き溜めておこうと思った。
道具は全部伊豆に置いてある。携帯用の固形絵具はリュックサックのポケットに入れてあるから、藤沢で描こうと思えば描けなくはないのだが、どうも藤沢では描く気になれない。スイッチが入らないのだ。それでこれまでも藤沢にいる分まで伊豆の家で描いてきた。
人にはやる気のスイッチが入る場所と入らない場所があるようだ。確かに、その場所に一歩足を踏み込むと俄然やる気モードになることがある。例えば画家や小説家が、住居とは別の場所に仕事場を求めたりするのは、日常生活から精神を隔離して一点に集中させるためであろう。
私の場合、伊豆の家がそれに当たる。いや、画家や小説家に己が身を当てはめようなんておこがましい限りだが、ただ、藤沢にいる時と伊豆にいる時とでは明らかに気分が違う。藤沢と伊豆を行ったり来たりする生活をしていると、人から、奥さんと離れて暮らして寂しいでしょうと言われるが、そんなことはない、寂しいどころか、逆にワクワクした気分になるのである。
伊豆に来ると、何かをしたくてむずむずする。これまではいろんなことにむずむずしてきたが、今はそれが淡彩画に逢着した。今日も午後から大場の病院に出かけたが、病院に行く前に3枚描いて、病院からバイクで帰る途中でも、帰ったらもう1枚描こうという気になるくらい淡彩画にハマっている。
淡彩画はまだまだ修行の初期段階だが、失敗しながらも少しずつ描くコツが分かってくるのが楽しい。好きこそものの上手なれと言い、また、下手の横好きとも言う。描き終えて凹んだりすることもあるけど、それでも、よし次は上手く描いてやろうという気持ちになれることが自分でも不思議。私にもまだそんな気持ちが残っていたんだと思うと嬉しくなる。
描くことが好きだから、誰も評価してくれないけど(所詮、模写だし)、でも描くのが好きだから、これが私の絵だと人に言えるようになるまで、これからもコツコツと描き続けていこうと思います。(あ)

【写真】向かいのホテル隣の雑木林に放置されたままのポンコツ車。

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伊豆に住み始めた当初からずっとそこにある。私なんかは気味悪くて中を覗く気になれないが、孫たちは平気で覗く、どころか、秘密基地だと言って中に入ろうとしていた。
先週の土曜に孫たちが藤沢に泊まりに来た時、桜が咲く頃には藤沢のお家に泊まりに来れなくなるんだよと言ったら寂しがっていた。でも、伊豆に来たらいつでも会えるからね、一人で電車に乗れるようになったらお出で、ポンコツ車の秘密基地もまだあるよ、と言ってやったが、果たして孫が一人で伊豆に来れるようになるまで、この雑木林の秘密基地は残っているだろうか。

【淡彩画】落ち葉(No.31)

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ポイントは「先に塗った色が乾かないうちに他の色をにじみ合わせて、偶然できる効果を利用する」こと。
この「偶然できる効果」を前から表現したいと思っていた。それで鉛筆下描きの段階からわくわくしたのだったが、絵具を塗ってみて思い描いた通りの効果を表せなかった。で、手本をよく見ると、中央の暗い部分にも葉がきちんと描かれていて、今回はそれをうっかり見落としていた。

【あやめ湯】17:45〜18:41(4→2人)。

【タイムラプス】3月1日(水)6:20〜9:09の伊豆長岡の空。21秒。

【歩数】1,350歩。

夕東風に早く来よとや湯屋の人

午前中に大場の病院に行くつもりだったが、絵を描いていたら時間がなくなった。明日は仕事が休みだから、午後に病院に行くことにする。(あ)

【写真】孫娘が作ったがちゃがちゃ。手前の取っ手を回すと、中のダンボールが斜めに傾き、「すみっコぐらし」のぬいぐるみが下の穴から出てくる仕組み。

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先日の日曜、孫娘が「すみっコぐらし」のがちゃがちゃを作るんだと言い出した。引っ越しの荷物でわやな部屋にダンボールが積まれてあるのを見てひらめいたらしい。がちゃがちゃを作りたい→ダンボールはないか、ではなく、ダンボールがある→そうだ、がちゃがちゃを作ろう、という発想である。
これまではお兄ちゃんの主導で二人してダンボールで秘密基地を作っていたが、お兄ちゃんがゲームに夢中で相手をしなくなったので、妹の方は一人遊びをすることが多くなってきた。
学校の工作では、◯◯を使って◯◯を作ろうといった、ある程度決められたテーマで取り組むことが多いが、それとは別に、見つけた材料を使って遊ぼうとする頭が子どもにはあって、大人はそういうところを見守ってやるのが大事なんだなと思うことがある。「よくできました」もいいけど、「よく考えました」という観点をもっと大事にしたい。

【淡彩画】晩秋のカラマツ林(No.30)

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ポイントは「日差しの方向を確かめながら描き、根元にも伸びる影を描くことで立ち並ぶ木々の奥行きを出すこと」。
前回の反省を活かして、幹の輪郭を強調しすぎないように意識した。
下草の模様がやや単調だったか。

【あやめ湯】18:33〜19:12(3→4人)。
今日も入浴券を出す引き戸は半開きだった。こんばんは、と言って自販機で券を買おうとすると、声の主を確かめるといったふうにして、マイ桶氏がガラス戸の向こうにぬっと顔を現した。そして、顔の前で拝みポーズの右手を左右に振り、そのまま中へ入れと手招きをする。入浴券を買わなくていいからという合図らしい。
お気持ちはありがたいが、そういうわけにもいかないからと、こっちも無言でお断りする。向こうが無言ならこっちも無言。無言なのはもちろん、他のお客さんに知られないための阿吽の配慮である。
私のことをそんなふうに特別扱いしてくれるのは、正直とても嬉しい。マイ桶氏と知り合った最初の頃は、伊豆長岡の古き良き時代の話を聞くのが実に楽しかった。そうしているうちにいつの間にかマイ桶氏を中心とした輪の中に溶け込み、いろんな人に話しかけ、話しかけられるようになった。今ではいろんな人から話を聞くだけでなく、私の方から、家の様子、職場の様子などを話すようになり、益ます親しみが深まっている。
こうしてみると、人生は偶然の連なりだなあとつくづく思う。伊豆に住むようになったのも偶然なら、あやめ湯の存在を知ったのも偶然である。もし6年前のあの時、あの東日本だ震災がなければ阿武隈に住むようになっていたかもしれない。そこでいろんな人と出会い、囲炉裏を囲んで酒を酌み交わす友が新たにできたかもしれない。あるいは、故郷の青森に戻って、旧友と昔話をしながら酔いしれていたかもしれない。
しかし、そうはならなかった。伊豆に住むことになった。伊豆を終の住処と決めて4月から完全移住する。移住となれば、地域の自治会に顔を出す機会も増えてくるだろう。役員が回ってくるかもしれない。するとまた、そこでも新たな輪ができよう。
今後、どんな偶然が待っているか分からないが、どんな偶然であれ、それを丸ごと受け止めて日々淡々と過ごしていけたらいいと今は思っている。

【タイムラプス】2月28日(火)6:19〜8:37の伊豆長岡の空。34秒。

【歩数】2.837歩。

幼子の絵のやすやすと二月尽

今日、放課後児童教室に新しいサッカーゲーム盤が届いた。
これを子どもが遊べるように組み立ててくれとリーダーに頼まれ、室内自由遊びの時間を利用して組み立てた。背番号と胸のエンブレムのシールが付属していて、それを6体✕2チーム分貼るのにカッターナイフの先を使って貼った。それだけ細かい。
スタッフルームのテーブルの向かいでは3月30日のお別れ会の係3人が当日の段取りを練っていた。その話し合いを聞くともなく聞きながら手を動かしていると、お別れ会では、4年生(児童教室の利用は4年生まで)の他にこの3月でいなくなる先生にも挨拶してもらいます、◯◯先生よろしくお願いします、と突然私に話を向けてきた。
なんだ、みんなは私がこの3月で辞めることを知っていたんだ。どこから漏れたんだろう。まあ、そんなことはどうだっていいけど。私としては残り1ヶ月、やるべきことをやるだけさ。
同じくこの3月で異動が決まっているリーダーは、カレンダーの裏をテープでつなげて、お別れ会の看板を描いている。この人の手書きポップ文字にはいつも感心する。下書きなしですいすい書いていくからすごい。豆まきの鬼をダンボールで作ったり、小さなランドセルを折り紙で作ったり、本当に器用だと思う。好きなんだね、そういうのが。
そんなリーダーが、一年間お疲れ様でしたと労いの言葉を私にかける。たいしたこともできず申し訳なかったと私。男の支援員が職場に入ることを知り、最初、リーダーはどう扱ったらいいか戸惑ったのではなかったか。トイレ掃除の当番を私に当てていいものかどうか悩んでいたようでもあった。男の人に女子トイレの掃除をさせることに抵抗を感じる土地柄だということもあったのかもしれない。いえ、それも仕事ですからぜひ当番に加えてくださいとその時は言ったものだ。あれから一年、あっという間だったなあ。
一年間の仕事を振り返るには若干早いが、私なりによくやったと思うのは、女子会的井戸端会議によく耐えたということかな。これも、ブログのネタにならないかという耳で聞けば、聞くに堪えないことも堪えることができたわけだけど、実際はとてもブログに書けないネタがほとんどでした。
あとは健康ですかね。当たり前だけど、何をするにも健康第一ですものね。
というわけで、これからも健康第一でがんばります。

【写真】孫娘が描いたカラス。

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昨日、鯉の餌やりに食パンを投げていたらカラスがやって来た。その時のことを思い出しながら描いた。おっぽは描かないの? と言ったら、ほら、ここ、と言って、お尻のちょこんととんがった部分を指した。描けば紙からはみ出ると判断してそうしたらしい。それで、目は鋭いが、どことなく愛嬌のあるカラスに仕上がった。こういう絵は大人には描けない。

【淡彩画】秋の林(No.29)

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ポイントは「幹や枝の影の暗さをしっかり描き、明るい部分とのコントラストをつけて立体感を出すこと」。
幹の輪郭を強調しすぎて、今回のポイントである立体感が出せなかった。
空を先に描くか枝を先に描くか迷って、枝を先に描いた。塗り残しがちょうど雲に見えて、それなりの効果はあったかな。

【あやめ湯】18:32〜19:08(6→1人)。
入浴券を自販機で買い、小窓から番台に出そうとしたら、ガラスの引き戸が半分閉まっていた。こんなことは初めて。番台のおじちゃんの「いらっしゃい」の声もない。何か変だなと思いながら戸を開けて中に入ると、番台に、なんと、マイ桶氏が座っていた。
「あれま、どうしちゃったんですか、おじちゃんは?」と訊いたら、「ご不幸があってね、朝4時から風呂の準備をしに来て、ここに座ってる」とマイ桶氏。まさかおじちゃん本人が? と心がざわめいたが、いつもの陽気なマイ桶氏とどこか違って、深く突っ込めない雰囲気があった。そういえば、このところおばちゃんの姿を見かけないけど、おばちゃんの身に何かあったのだろうか。とても気になる。

【歩数】5.922歩。