いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

暖簾跳ね上げて出湯の梅二月(あ)

【きょうの一枚】紅梅と白梅。

f:id:jijiro:20220211135300j:image
 久々の一二三荘の日帰り温泉。やはり温泉はいいねえ、体の芯から温まる。
 玄関衝立一枚板の前の花瓶に紅梅と白梅が活けてある。これは女将さんの友達の手になるもので、普通、脱衣所にも同じ季節の切花が活けられるが、きょうは脱衣所に花はなかった。
 一二三荘の帰りに「回転寿司」でもと思ったが、店に入ったのがラストオーダー後でお持ち帰り品しか扱っていなかった。注文を受け付けるスタッフも、お前らのせいで早く帰れなくなったじゃないかと露骨に迷惑そうな顔をする。私は、別に家で冷や飯チンとたくあんボリボリの晩飯でもよかったが、寿司の注文表を舐めるように見つめている孫を見ると、たまには奮発して旨いものでも食わしてやろうという爺心が起こる。なんとも人がいいというか、ころり騙されやすいときているから我ながら嫌になる。
 カミさんとしてはそれが癪にさわるらしい。そんなんじゃ病気にもなれないよと私の身になって嘆くが、どうぞご心配なく、病院には今のところ行けてます。それよりも燃やす薪がすっからかんなのが目下の悩みといえば悩みです。


【書】「名聞」めいぶん(No.970)

f:id:jijiro:20220211135202j:image
 「世上の評判。名声。」(『旺文社漢字典』第2版)
 「名」は、夕と口(いう意)とで、夕方の暗がりでなまえを言って相手に自分を知らせる。なのる、ひいて「な」の意。
 「聞」は、耳と、音を表す門(もん。通じる意→問)とで、耳にとどく、「きこえる」意を表す。


【ディジタル画】ポール・ゴーギャン(No.412)

f:id:jijiro:20220211134107j:image
 今回は久々に『吾輩は猫である』から離れて、19世紀末の画家・ゴーギャンを描いた。
 ゴーギャンは、きのう読んだ柳田邦男著『大人が絵本に涙する時』にその名が出ていた。それで今回はゴーギャンを描くことに決めた。
 ゴーギャンとゴッホは一時期一緒に住んだことがある。でもすぐに破綻がきた。そりゃそうだ。天才二人が同じ屋根の下に住めるはずもない。
 そして、棟方志功がゴーギャンでなくゴッホに走ったのは、今回のゴーギャンを描いて、なんとなく判る気がした。ゴーギャンはどことなく垢抜けて見えるが、ゴッホには脂ぎった泥臭さがある。野生の勘とでもいいましょうか、志功はそのあたりのゴッホの体臭を嗅ぎとったのかもしれない。 
 最近、「いつもの手書きペン2」と「Gガッシュ」を使い比べる機会を得た。双方使ってみて、使い勝手の良さという点で私は「Gガッシュ」に軍配を上げたい。

  まあ、好みの問題でしょうけど、私には「Gガッシュ」のほうが断然使いやすい。


【タイムラプス】2月10日(木)8:43〜10:32の韮山方面の雨空。24秒。

https://www.facebook.com/100001436582002/posts/4931889196868918/?d=n


【新型コロナ】2/10(木)10:00現在(Yahoo!より)
新規感染者数→97,833(前週同曜日比 +2,905)
重症者数→1,212(前日比 +71)
累計死亡者数→19,778(前日比 +162)