いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

枯れ芒光れば野辺の華やげる(あ)

 孫娘とママに餅搗きを提案した。お兄ちゃんはゲーム三昧だから無視。言ってもお兄ちゃんはきっと食う専門で、手伝う気などさらさらない。
 餅搗きはカミさんの実家で毎年の恒例行事として行なわれてきたが、義母が東京の介護施設の世話になったのを契機に餅搗きをしなくなった。
 暮れの餅搗きは、昔から12/29にしないものとされてきた。29は「二重苦」「苦持ち」「苦をつく」と言って忌み嫌われる。だから大概28日か、その日がダメだったら30日に搗くのが一般的と言われる。
 それでママに12/28に餅搗きをしたいがどうかと提案したら、その日は仕事で無理とのこと。
 私と孫娘だけだと心許ない。正月に焼いて食う分ののし餅があればいいので、二人でも搗けなくはないが、できればもう一人いるといいなあ。カミさんに期待しようにも、カミさんは、路面凍結の箱根越えをしてまでこっちに来る気はないだろうしなあ。


【きょうの一枚】筋向かいの野原の枯れ芒。

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 休業中のホテルが家の向かいにある。中秋の名月には、そこの従業員用駐車場から芒を何本か失敬してきたが、きょう見たらその芒の穂が枯れて冬日を浴びていた。
 「枯れ芒」は冬の季語だが、小春日の日差しを浴びた芒の穂はそれほどうら寂しい感じはしない。  


【書】「甲夜」こうや(No.895)

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 「一夜の時間を五つに分けた一番目。今の午後八時ごろ、およびその前後約二時間。一説に、その後約二時間。戌の刻。初更。一更。」(『旺文社漢字典』第2版)
 「甲」は、亀の甲の形。亀の腹の甲羅には、中央に縦に貫く繕線(ほうせん)があり、またこれと交わる横の繕線がある。最も古い字形は繕線の交わる十の字である。のちに亀の甲羅の上半分の輪郭を加えて甲の字となった。
 「夜」は、大と夕とを組み合わせた形。大は手足を広げて立つ人を正面から見た形。夕は夕方の月の形である。人の腋の下から月が現れている形で、月が姿を表すような時間帯を夜といい、「よる、よ」の意味に用いる。


【ディジタル画】立川談慶(No.337)

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 落語家。天才落語家・立川談志の 18番目の弟子という。
 『吾輩は猫である』には落語の要素がふんだんに散りばめてある。漱石は落語が好きで、寄席にもずいぶんかよった由。私は寄席に行ったことはないが、行けばきっとこんな話が聞けたんだろうなというのを想像しながら『吾輩は猫である』を読み返している。
 そこへきょう、朝日新聞(ディジタル版)の「好書好日」に落語家の立川談慶さんが紹介されていた。それで、立川談慶さんを描きたいと思った。
 今回も、輪郭を「Gガッシュ」、彩色を「水彩&ぼかし」、字を「いつもの手書きペン(カヌレ)」で書いた。


【タイムラプス】11月27日(土)7:22〜10:23の伊豆長岡の空。23秒。

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【新型コロナ】11/27(土)10:00現在(Yahoo!より)
新規感染者数→121(前週同曜日比 −34)
重症者数→51(前日比 −7)
累計死亡者数→18,356(前日比 +2)