いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

水仙の光はここに固まれり(あ)

一月も今日で終わり。早いもので、という前置きは付けない。ようやっと、といった心持ちの方が強い。ひとまず2/21(金)の学年末テストに向けて、頑張るぞ。

1校時は空き時間で、その時間を利用して授業準備をするつもりでいたら、「1校時に社会科の公開授業があるので、お手隙の先生は見てやってください」と教頭先生から声がかかった。せっかくの公開授業が閑古鳥では授業担当者に申し訳ないと思って見にいった。私が授業者だったら閑古鳥大歓迎なんですけど。

公開授業に足を運んだのは、私を含めて8名。結局、授業中でない人全員だった。担当教科に関係なく、教頭先生の一声でパッと集まる。これがすごい。中学校はどこもみんなそうなんだろうか。

社会の授業では、南アメリカの人たちの暮らしを学習していた。6班に分けて班ごとにテーマを決めて取り組み、最後に先生が班ごとに話し合った内容を整頓し、全体のまとめを板書する。

実に手際のいい展開で、もちろん、居眠りしている子など一人もいない。居眠りする隙を与えないのだ。私の授業と大違いである。私にはとてもできそうにないな。

授業観察をしている間、ずっとそのことを考えていた。やはり私は古い人間なのだろう。その古いやり方がすっかりこびりついてしまって、たわしでゴシゴシこすっても落ちそうにない。ここでも「老兵は、ただ消え去るのみ」という思いを強く持つのである。

それにしても、子どもたちの机には、教科書、ノートの他に、地図帳、ビジュアル資料集、プリントをとじ込んだファイルが重ねられて載っている。これらは来年度導入予定の電子黒板になれば、おそらく机からなくなることになるのだろう。

校長先生の話では、国語の場合、教科書の本文をプロの俳優や声優が朗読し、操作ひとつでそれを聞くことができ、今まで資料として載っていた写真なども動画で見られるようになるとのこと。そして、いずれ一人ひとりにタブレットが貸与され、そこに入力した意見などを瞬時にして電子黒板で共有するようになるという。

早晩そうなることは十分予想されたが、いよいよ教室からチョークが消えるときがやってきたんだな。宿題なんかもタブレットでやりとりするようになるのだろうか。これから新システムを使いこなさなければいけない先生方は大変だな。古い人間は足手まといにならないよう、ここで身を引くのがいちばんいいかもしれない。

 

【今日の一枚】庭のスイセン(水仙)。

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今季、登場するのは二度目。今を盛りと咲いています。ここは以前、柚子があったところ。後ろのごつごつした幹は夾竹桃。この枝を剪定したら、庭がだいぶ明るくなった。

 

【書】「浴」ヨク・ほっする・ほしい・ねがう(No.374)

▼甲骨文

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▼金文は無し。

形声。音符は谷(よう)。谷に浴(よく=あびる)の音がある。谷は俗・容・浴の字に含まれる谷(よう)で、渓谷(たに)の谷(こく)とは異なる字である。容は祖先を祭る廟(みたまや)の中に〓1(さい=神への祈りの文である祝詞を入れる器の形)を供えて祈り、その〓1の上にかすかに現れた神霊の姿である。その姿を見たいと思うことを欲といい、「ほっする、ねがう」の意味となる。国語では、金が欲しいのように、「ほしい」とよむ。<『常用字解』より>

〓1(手書きの画像)↓

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【温泉】一二三荘。

 

【タイムラプス】1月31日(月)5:53〜7:00の伊豆長岡の空。33秒。

https://www.facebook.com/100001436582002/videos/2808128885911637/?d=n