いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

八月のコロッケパンの孫の味(あ)

月曜から遊びに来ていた孫が昨日帰って行き、ようやく静けさが戻ってきた。が、来週から始まる臨任勤務という新たなステージの始まりを思うと気が重い。

こんなはずではなかった。退職後は、少しの小遣い稼ぎをしながら、好きなときに好きなことをして過ごそうと思っていたのに、66歳を過ぎて思いもよらぬ展開が待ち受けていた。

一日3時間働いて、残りの時間を四コマ漫画作成に費やそうと目論んでいたが、9月からはそれができなくなる。フルタイムで、しかも放課後は部活動の面倒も見ることになったから(ということは、土日の試合引率も?)。

所属は男子卓球部。校長先生の口からは、さすがに部活の面倒も見てくれとは言えなかったのだろう。けれど、言外に引き受けてくれたらありがたいという思いを嗅ぎ取ってしまった私は、お引き受けしますと、その場で即答してしまった。

卓球はほとんどやったことがない。が、青森は卓球が盛んな土地柄で、私の生まれ育った半農半漁の貧しい村の公民館にも卓球台だけは置いてあった。賑わっていた印象はないが、卓球という球技を初めてやったのはたぶんそこの公民館だったと思う。小学校の体育館ではなかった気がする。

取り壊される前の実家には4部屋に囲まれた暗い二間幅の中廊下があって、そこに、洗った布地を伸ばして干す長い板(「張り板」というらしい)を並べて卓球台を作り、近所の洟垂れ小僧たちと卓球をして遊んだりした。だから、小さい頃から卓球に慣れていたとはいうものの、それは所詮遊びの域を出ないレベルのものだった。

そのうち、青森から卓球の世界チャンピオンが誕生し、地元自治体は卓球王国・青森を大いにアピールしたが、その頃はすでにサッカーに明け暮れる日々を過ごしていた私は、卓球には目もくれなかった。

東京の大学を出て神奈川の高校に就職し、ハンドボール、男子バレー、サッカーと顧問を渡り歩いたが、卓球の顧問になったことは一度もない。私が再びラケットを握るのは、去年、クラスの子たちと一緒にやった体育の時間まで待たなければならない。実に50年以上のブランクである。

でも、小さいときに覚えた動きは忘れないもので、それなりにネットすれすれのボールを打つことができた。もう少し手足が思い出せば、部員たちのラリーの相手くらいは務まるかもしれない。よおし、やってみるか。まずは、ラケットを用意しなくちゃ。よっこらしょ。

 

【今日の一枚】孫娘が作ってくれた朝ごはん。

f:id:jijiro:20190831100031j:image

私の顔を見ると、いたずらすることしか考えない孫娘が、私のために朝食を作ってくれた。おいしかったよ、ありがとね。お兄ちゃんは、ちゃっかりメモに名前だけ書き足していたけど、大丈夫だよ、それで十分思いが伝わってるから。

 

【書】「昔」セキ・シャク・ジャク・むかし・ほじし・ひさしい・きのう(No.227)

▼甲骨文

f:id:jijiro:20190831100110j:image

▼金文

f:id:jijiro:20190831100122j:image

うすく切った肉片を日に乾かした乾肉(ほしにく)の形で、腊(せき=ほじし)のもとの字である。昔が「むかし、ひさしい、きのう」など、時の関係を示す意味に用いられるようになって、「ほじし(ほしにく)」の意味の字として、月(にくづき=肉)を加えた形声の字の腊が作られた。「きのう」のことを疇昔(ちゅうせき)のようにいい、それより仮借(かしゃ)して昔は時の関係を示す語となった。「いま、きのう」などの時を字形で表現することは困難であるから、今・昔をその意味に用いるのはその音を借りる仮借の用法である。<『常用字解』より>

甲骨文の波型の模様は干し肉の形だって。私は勝手に山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」を連想しながら書いた。

金文は、これはもう笑う漫画の顔ですね。昔のあれこれが、こんなに愉快な思い出ばかりだったらどんなにいいだろう。

 

【絵日記】芝野虎丸(No.103)

f:id:jijiro:20190831100409j:image

だいぶ漫画のタッチになってきました。でも、ちょっとメガネの描き方が雑だったかな。

そろそろ全身の人物画にもチャレンジしてみたいですね。

 

【温泉】一二三荘。

【タイムラプス】8月30日(金)5:01〜7:50の韮山方面の雨空。21秒。

https://www.facebook.com/100001436582002/videos/2484580621599800?sfns=mo