いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

グランドにひとり草刈機を置いて(あ)

【今日の一枚】バックネット脇の草を刈る私の影。

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グランドの草刈りは2巡目になる。1巡目に比べたらだいぶ上達したと自分では思っているが、ネットの際の草刈り技術はまだまだで、草刈機の刃がネットを噛んでガキーンと弾かれることしばしばであることは1巡目と大差ない。

先日、シルバー人材センターの方が学校敷地内の草をきれいに刈ってくれ、グランドをぐるり囲ったフェンスの外側も刈ってくれていたが、なぜか内側だけは手をつけていなかった。梅雨晴れ間の2日間だけの作業だったから、そこまで手が回らなかったのかもしれない。

ということで、フェンス内側の草は私が刈ることになったが、フェンスの外側の際は、どうやったらこんなきれいに刈れるんだろうというくらいにきれいに刈られてあって、技術の差をまざまざと見せつけられる格好になった。

いや、技術の差ではない、これはきっとナイロンコードカッターを使って刈ったのだ、そうに違いない、そうとしか考えられない……。草刈機の刃をガギーンガキーンとネットに弾かれながら、やれやれ校長先生早くコードカッターを買ってください(用意すると言ってくれたよね?)、そうすれば私ももっときれいに刈ってみせますから。

写真は、草刈機のエンジンを止めて小休止したところで撮った。スマホを手に持って撮ったが、スマホは影に隠れて見えないようにした。この場所は、ちょうど野球のバックネットの切れた脇です。いい影絵でしょ? 足さえ写ってなければ。

左側のまだらの影は桜の葉の影。この時間(午後2時半過ぎ)は唯一グランドに影が差す場所で、ちょうど野球のレフト側に当たる。桜の木はここから特支学級の教室を通り過ぎて北門(裏門)までずっと続き、満開のシーズンには、それはそれは見事な桜並木になる。

そこで今日のアフォリズム。

<花咲か爺は枯れ木にたくさんの花を咲かせることはできても、たくさんの年金をもらうことはできない。>

 

【書】「才」サイ・ザイ・ある・わずか(No.158)

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表示として樹(た)てた標木(目印の木)の形。標木の上部に横木をつけ、そこに〓1(さい=神への祈りの文である祝詞(のりと)を入れる器の形)をつける。これによってその場所が聖化されるので、才は神聖な場所として「ある」ことをいう。木を樹てるのはわが国の柴(小さな雑木)を祭場の境界に刺して、柴の力で土地を聖化する柴刺(しばさし)の習俗と同じで、神が天から降下して寄り付く所を聖化する方法である。才は聖化され、神聖なものとしてあるというのがもとの意味であり、才は在(ある)のもとの字である。(中略)才能(生まれつきの頭の働きと能力)の意味も、はじめから存在するもののうちにある働きの意味であろう。「ある」というのがもとの意味であったが、のち才智・才知(頭の働き。また、頭の働きの鋭いこと)の意味に用いる。<『常用字解』より>

〓1(手書き画像)↓

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字解によると、下部のVの形のパーツが〓1ということになるが、こんなとんがった〓1を見るのは初めて。祝詞を入れた器を柴刺(しばさし)の習俗と同じく地面に突き刺して聖化したということか。

Vの形が内側にやや反り気味になっているが、この反りがなかなか決まらなくて何度も書き直した。

 

【温泉】一二三荘。

 

【タイムラプス】6月17日(月)4:36〜7:29の伊豆長岡の空。22秒。

https://www.facebook.com/100001436582002/videos/2355577877833409?s=100001436582002&sfns=mo