いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

ゆく春や亡友の寺古畳(あ)

今年1月に急逝した高校の同級生にお別れを告げるため、青森にやって来た。

伊豆長岡駅5:42の始発に乗り、東京駅に向かう。指定席券はは一昨日、Webの「えきねっと」で買った。本当はもっと早く買うべきところを、GW前だしどうせ当日でも買えるだろうとたかをくくって買わずにいたら、とんでもない。新幹線に乗って聞いた車内アナウンスで完売したと知った。危ないところだった。

危ないといえば、東京駅8:40発の新青森行きに乗るのも危なかった。駅構内でまごまごし、エスカレーターを走り上って新幹線に乗ったのが発車3分前。いやあ、ひさびさに慌てました。「旅の友」の呑み物を買う余裕なんてありゃしません。ぎりぎりセーフの際どさでした。

新青森駅では同級生夫婦が出迎えてくれた。クラスの同級生同士で結婚し、旦那の方は東京でよく呑み歩いた仲だったが、奥さんの方は、たぶん高校卒業以来の再会だ。約50年ぶりに会ったけど、当時とちっとも変わらない容姿に、みるみる高校時代の思い出が蘇った。

新青森駅に着いたのがちょうど昼時で、軽く飯を食おうとなった。同級生に「何が食いたい?」と訊かれ、即座に「煮干しラーメン」と答えた。青森に来たら、まずは煮干しラーメンである。そう決めていた。

煮干しラーメンならあそこだろうと案内された店は新青森駅から車で数分のところにあった。同級生夫婦はよくそこの店を利用するという。少し並ぶかもしれないと車で言われたとおり、店の入り口には列ができていた。なかなか人気の店らしい。

並んでいる間にスープの味と麺の固さを選べと言われ、私は味はこってり系、麺はちぢれ麺を選んだ。出てきたラーメンがこれ。

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しばらくして写真を撮ってないのに気づき、食いかけの写真を撮った。

腹を満たして、国道7号線を弘前へ向かう。雪国の道路は傷みが激しく、部分舗装がパッチワークのように続く。それに雪解けで生じた砂塵が舞うから、新鮮な空気を吸おうにも窓を開けられない。道端の日陰に残る雪は黒い土をかぶって汚い。雪国の春は得てしてこうである。

左に雪の八甲田山を見ながらしばらく走ると右に岩木山が見えてきた。津軽富士である。

「自惚れちゃいけないぜ。岩木山が素晴らしく見えるのは、岩木山の周囲に高い山が無いからだ。他の国に行ってみろ。あれくらいの山はざらにあら。
周囲に高い山がないから、あんなに有難く見えるんだ。自惚れちゃいけないぜ」

と、葛西善蔵が郷土の後輩たちに語ったというあの岩木山である。

その岩木山を見たまま弘前に入り、亡友の遺骨が安置される寺へ着く。本堂の戸は閉まっていたが、奥の庫裏に人の気配があった。声をかけると亡友の奥さんが出てきた。

私は挨拶に来るのが遅れた詫びを言い、同級生夫婦と一緒に亡友が逝った日の様子を奥さんから聞いた。その日、亡友は寝巻きに着替え、布団の中で眠るように逝ったという。普段は寝相の悪い彼が布団の乱れもなく寝ているので、ちょっと変だなと思って声をかけようとしたら息をしていなかったという。

聞いて彼らしいなと思った。最期の最期まで気を遣う人だった。

奥さんは今まで心に溜めていた思いを一気に吐き出すかのように淀みなく語った。どれくらい話していたろう。気づいたら午後2時半を過ぎていた。

正式な納骨の法要は10月の土日に行うという。土日だったらまた来られると奥さんにお暇を告げ、寺を後にしたことだった。

今日の写真は、その後で寄った弘前城桜祭りの様子。

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