いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

巡り来て今伊豆の人花りんご(あ)

当初の予定では1日3時間の週15時間勤務という話だったが、その後、校長先生が県に交渉してくれて火曜だけ4時間になった。それで今日は12時半から16時半までの勤務。

12時半から勤務することになったのは、せめてその日だけでも子どもたちと一緒に給食を摂ってくださいという校長先生のご配慮。

職員室で配膳された給食を教室へ運び、子どもたちのテーブルに混ぜてもらう。ただ、今年は去年よりも3人増えて8人になったので2テーブルだけだと座りきれない。そこで、1、2年生と先生二人の計6人がテーブルに向かい合い、3年生は自分の学習机をテーブルにコの字にくっつけるレイアウトにしていた。今日はたまたま2年の子が欠席だったので、私はそこに座る。

新1年が加わったこともあって、給食中の会話は大いに弾んだ。みんな楽しそうにぺちゃくちゃしゃべる。やっぱり食事は、みんなでわいわい言いながら食べるのがいちばんだね。

昼休みは、久々にあの子らと一緒に過ごすという手もあったが、それは新しくクラスに入った支援員さんの邪魔をすることになると思って控えた。昨日印刷し終えたプリントを廊下の配布棚に全クラス分仕分けていることろへ、去年携わった子たちが寄ってきたので、「お仕事、お仕事」と言って追い払った。

配布物仕分けの次は、いよいよ草刈機の操作。校長先生から、まずは混合油のある倉庫の鍵を開け方から教わり、中にある混合油のタンクから小さなペットボトルに油を注ぐ。次に、それを持って草刈機の置いてある場所まで移動し、草刈機のタンク(意外に小さい)に油を入れる。入れ終わってエンジンスイッチをオンにし、リコイルスタータをぐわんと引っ張ると、おお、一発でエンジンがかかった。

エンジンのかけ方を教わったところで、願い出て実地に草を刈ってみることにした。試運転の場所は第二グランドを真下に見る草場。音がちとうるさいが、これは仕方がない。でも、雑草がじゃりじゃり刈られていくのはなんとも小気味よいものだ。

なんかハマったみたい。いい感触です。これから晴れた日はこれだ。ばんばん刈ってやる。ああ、この草刈機でうちの庭の雑草もじゃりじゃり刈ることができたらなあ。

 

【季節の花】庭の姫りんごの花。

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去年3月に植えて、まさか今年花が咲くとは思っていなかった。これは嬉しい。

今のところ咲いているのは一箇所だけだが、他にもいくつか蕾をつけているので、もう少ししたらそれらも咲くだろう。いいぞいいぞ、花盛りの庭だ。

 

【書】「棄」(No.98)

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もとの字は、𠫓(とつ)と●(はん=華の艹がないやつ)と廾(きょう)とを組み合わせた形。𠫓は生まれたばかりの子を逆さまにした形。●(はん)はわらなどを編んで作った入れ物であるふご。廾は左右の手を並べた形。生まれたばかりの赤子をふごの中に入れ、両手で遠くへ押しやる形で、赤子を「すてる」の意味となる。古くは初めて生まれた子を棄てたり、あるいは水に浮かべてみて、養うかどうかを決める習俗もあった。<『常用字解』より>

「ふご」とは「えんちこ」のことだろうか。赤ん坊を寝かせておく、藁で編んだ籠を津軽では「えんちこ」と呼んでいた。私の実家にもあった。あったということは私もその中で育てられたのだろう。「えんちこ」の世話になった人の後頭部は特徴があって、見てすぐそれと判る。「えんちこ」の縁が当たる、首から後頭部にかけての箇所がくびれているのである。

それはいいとして、書いて気になったのは「ふご」に収まった赤子の周りの点3つ。これは何を意味しているのだろう。この点については『常用字解』には説明がない。で、『古代文字字典』(マール社)を見てみると、そっちには点があるのとないのと両方の例が載っている。ちなみに金文にまで広げて見ると、金文には点を記した例がない。

ということは、もともとあった点がいつの間にか消えたと考えてよいか。問題はなぜ消えたかというよりも、漢字が作られたときになぜそこに点があったかということだろう。そして、その点の持つ意味は?

私は、赤子が流す涙だと考えてみた。無論、赤子は自らの運命を知ろうはずがない。何かしらの事情でそうせざるを得ない側の、赤子に対する情念が3つの点に表れているのだと思いながら書いた。

 

【温泉】一二三荘。

 

【タイムラプス】4月16日(火)5:23〜7:34の伊豆長岡の空。32秒。

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