いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

鵜の群れて雨あがる山見上げたり(あ)

身近の人が亡くなって半年が経った。その間、後に独り残った奥さんを励ます意味もあって、2ヶ月に一遍の割合で平塚のお宅を訪ねることをしていた。6月、8月と来て、今日はその3回目。
奥さんの手間を少しでも軽くしようと、毎回、各自料理を一品持ち寄ることにして、今回私は「伊豆牛肉みそ」を用意した。で、これを載っけるピーマンは奥さんに頼んで用意してもらった。これ以上ない手抜き料理である。買ってきたそのまんまを食うわけだから料理とは言わないか。でも、いいじゃないの、旨いんだから。
身近の人の遺骨が安置された部屋は半年前と変わらない。小難しげな顔をこちらに向ける遺影も変わらない。変わったのは、生前に碁を打った部屋で、今日奥さんの手料理と、持ち寄った一品が並んだ部屋である。そこの本棚にあった豪華名画集が消えていた。身近の人の実妹さんが引き取ってくれたという。
いろいろ遺品を整理していたら写真が出てきたと言って、その写真を見せてくれた。座の人たちでそれぞれ写真を回し見ながら、「あの頃は若かった」と異口同音に言う。そうだった、あの頃は……と、しばらく昔話に花が咲き、大いに盛り上がったところで、奥さんがホロリと目頭をぬぐった。
思い出は尽きないけれど、写真もアルバムも思い切って処分するつもりだと言いながら、奥さんの心にはやはり捨てきれない思いがあったのだったろう。
身近の人が亡くなってから半年経ったけれど、もっとも近くにいて欲しい人がもうどこにもいないという現実をまだ受け入れられないでいるのかもしれない。その思いは、遺品の後片付けが終わるまで、いや終わってもなお、奥さんの心に残り続けるのだろう。


【写真】狩野川のカワウ(川鵜)と葛城山。

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雨あがりの狩野川土手を歩いて伊豆長岡駅に向かう。北に富士山が見えていれば富士山を背景にして撮るところだが、あいにく今日は雲に隠れて見えなかった。それで、代わりに南にレンズを向けて葛城山を入れた。この葛城山は標高452mの低い山だが、たなびく雲を突き抜けた格好は、富士山をちょっと小さくしたようで絵になる。
三島や秦野に通勤していた頃は毎日のようにこの土手道を通り、川に遊ぶカワウやシラサギを見たものだが、職場が大仁になってからはほとんど通らなくなった。
通るのは、2ヶ月に一度茅ヶ崎の歯医者に通うときや、今日のように平塚の身近の人の追善供養に行くときくらい。
私はここから見る富士山が好きだ。狩野川はここで、中州を挟んで浅瀬と淀みに分かれるが、この写真手前の淀みに逆さ富士が浮かぶのである。これからの富士山は白い頂きをより一層輝かせ、見る人を楽しませてくれるだろう。


【タイムラプス】10月27日(土)5:55〜8:01の韮山方面の雨空。31秒。
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