いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

水風船放り幼子虹描く(あ)

【写真】ヒメイワダレソウ(姫岩垂草)

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今日は孫の世話で小田原に呼び出される。
孫の家に着くと、孫は兄妹で仲良く水風船で遊んでいた。水風船とは皮の薄いヨーヨーのようなもので、それに水道の蛇口から水を入れて膨らませ、地面に叩きつけて破裂させるのである。
ただそれだけのことだが、これがめっぽう楽しいらしい。しまいには家から爪楊枝を持ってきて、水風船を頭に乗せて突いて割ってびしょ濡れになって……おバカだねえ。夏休みに入ったばかりの浮かれ気分が満帆に膨らんでいたんだね。
写真の花はヒメイワダレソウ。孫の家の玄関アプローチに咲いていた。後ろの孫二人は、びしょ濡れになった服を着替えて出直してきたところ。今度濡らしたら着替えないからねと言ったところで、聞く耳持たず焼け石に水のお二人さんなのでした。

【淡彩画】自転車(No.140)

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ポイントは「パイプや棒状の素材が多く使われているので一見複雑だが、細部を正確に描こうとせず、線を重ねたり交差させたりして機械的な構造の雰囲気を表す」こと。
正確に描こうとせず「なんとなくそんな感じ」に見えるというところがあらゆる絵のキモなのでしょうが、これがなかなか一筋縄ではいかない。「言うは易く行うは難し」です。
今回の140枚目で、独学による模写はようやく終了した。しかし、問題はこれから。むしろ、ここからがスタートだと気を引き締めています。
『風景スケッチ モチーフ作例事典』(野村重存著 大泉書店)という本と出会い、最初に模写したのが「梅の花」。今年1月30日に描いている。あれから140回、全ての作例を描き上げるのに約半年を要したことになる。
その間に数知れないたくさんのことを学んだ。いや、数は知れている。140だ。140種類のモチーフの描き方を学んだ。そのことに時間を費やせばあのことができないように、絵を描く時間が増えればそれだけ本を読む時間が減る勘定で、最近はまとまった読書をしていない。
絵と本を天秤にかけて、どちらを優先するかという問題は私にとってはかなり重要で、読みたい本が山とあるのに読む時間を絵に取られるのは非常に辛いものがある。
辛いと思うんだったら絵を描くのをやめて読書の時間を増やせばいいではないかと思うが、それができない。絵を描く楽しみを知ってしまった以上、今となってはやめるわけにはいかないのである。
絵は見て楽しむタイプと描いて楽しむタイプがあるようだ。もちろん私は後者。思えば絵に限らず、私は何かを見るとか聴くとかいうよりも、自分でやってみたいと思うタイプらしい。ねぶたもそうだし、ショートアニメーションを作ってみたいと思ったのもそうだった。ここはどういうふうに作るんだろうという目でアニメーション作品を追っかけていた、そんな気がする。
アニメーションは本来動かない絵を動いているように見せる芸術だと思っていて、動かないものをどんなふうに動かすとそれらしく見えるかという点に興味を持っていた。それが、ある時、背景も重要なポイントであると気づき、それ以来、いろんなアニメーションに使われる背景の描き方に徐々に興味が移っていった。そしてそのことが、今の風景スケッチの模写へとつながっている。
面白いもので、そうなると普段見る景色を「絵になるか、ならないか」という目で見るようになる。写真を撮るのもそう。その写真に写る風景のようなを絵を描けないかと思って撮るのである。写真だと自分で見ていない風景の一部も一枚の風景全体に写ってしまうが、絵は見えるところしか描かない。当たり前のようだけど、これが写真と絵の違いかなと思っている。だから、ここの風景は私にはこう見える(このようにしか見えない)という個性がより濃く表現されるのだと思う。
とかなんとか偉そうなことを言える身分ではないが、絵に向き合う姿勢として、私はそういう向き合い方をしたいと思っている。

【歩数】8,254歩。