読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

行く春や鏡に残す背中傷

【写真】旧紙幣と旧硬貨。

f:id:jijiro:20170423110422j:plain

引越荷物を整理していたら、やっと出てきました。旧紙幣だけだと思っていたら、穴の空いてない50円玉と5円玉も混ざっていた。あと、東京オリンピック(昭和39年)と沖縄返還(昭和47年)の記念硬貨も。
中学生の頃まで記念切手に凝ったことはあったけど、昔のお金を集める趣味はなかった。ただ、初めて月給をもらった時、紙幣だけ記念に残しておこうと一万円札から五百円札まで1枚ずつファイルに入れて保管したような記憶がかすかにある。記念硬貨は、その時カミさんが「あたし、これ持ってる、お父さんからもらった」と言って出したのを一緒に仕舞っておいたのだったか。
これをどうこうしようという気はない。たぶんカミさんもないと思う。一応記念に取っておく程度のコレクションである。あるいは硬貨だけ、その時が来たら三途の川を渡る時の冥銭として棺に入れてもらってもいい。紙幣は孫にくれてやれ。

【あやめ湯】18:08〜18:46(4→3人)
米朝氏と元饅頭氏が先に来ていた。私が「こんばんは」と声をかけて風呂場に下りると、米朝氏が、「その背中の傷、どうした」と言う。元饅頭氏も「ほんとだ、どうしたその傷」と、私の背中に回って言う。
「ええっ? 何なにみんなして、本当に? 背中のどこ?」と私が身をよじって鏡に背中を映してみるがよく見えない。すると、元饅頭氏がわざわざ私の背中の傷の箇所を指で触れ、「ここに、ほれ、こんくらいの傷」と親指と人差し指で傷の大きさを教えてくれる。
米朝氏が、「どこの子猫ちゃんに引っかかれただ」と冷やかす。傷に全く心当たりのない私は、「そんなんじゃないんですよ、それにしてもなんで傷が……」と、今度はもう少し強く身をひねって鏡を見てみたら、見えた、背骨のあたりに確かに10センチほどの刀で切られたような傷が斜めに走っていた。
米朝氏とは昨日もあやめ湯で会っている。その時は傷のことを何も言っていなかったから、傷つけたのは今日だろうか。今日は雨の中で、昨日被せた波板の斜度を変えて、降った雨がきちんと流れ落ちるように改良したくらいで、背中を傷つけるようなことは一切していない。一体何の傷だろう。
米朝氏は続けて、「そんな危険な遊びなんてしないで、わしらと一緒に楽しく遊ぼうよ。今仕事しないで何してるだ。どうせ暇なんだら? わしらが遊んでやるから一緒に遊ぼうよ」と言ってくれる。が、米朝氏は、昨日は三島のスキンヘッド氏と昼にステーキを食べてから夕方までカラオケをしてたんだと(その後二人してあやめ湯に顔を出した)。昼からステーキにカラオケかよ、とても80歳とは思えないな。そんなパワーで私を遊びに誘うが、残念ながら遊びの好みが私とまるで違う。言葉をかけてくれるのは嬉しいが、とても一緒に遊べないと思って尻込んだ。
米朝氏は一緒にいるととてもほんわかするんだけど、こと遊びに関しては好みが違いすぎる。米朝氏は桜にやたら詳しいから、一緒に花見をするのは大歓迎だけど、昼からカラオケはちと勘弁。でもあの人、お酒呑まないんだよなあ。

【タイムラプス】4月27日(木)6:00〜8:20の韮山方面の雨空。34秒。

【歩数】1,383歩。