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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

無職にて候独り花見かな

これまで朝4時にセットしていたアラームを切った。
無職の生活にアラームは要らない。これからはウグイスのさえずる声で目覚めるようにしようと思った。
何ものにも縛られない生活はいいもんだ。そういう生活ができたらいいとずっと憧れてきて、ようやくその環境が整った。しかし、完全ではない。テレビがあり、パソコンがあり、スマホがある。そこから流れてくる情報を全てシャットアウトすれば、完全に何ものにも縛られない生活を満喫できるのだろうが、私にはまだそこまでの覚悟がない。
テレビでサッカー日本代表の活躍を見たいと思うし、パソコンではインターネット経由で調べ物をしたいしブログを書きたいと思う。家族や友人とはスマホを使って繋がっていたい。
ただ、時間に縛られなくなったことは大きいと思う。これまでも仕事のない休みの日は時間に縛られない開放感を味わうことができたが、これからは毎日が休みになるわけで、そうなると開放感も緩んできてダラダラした生活になるのではないかと、要らぬ心配をしたりもする。
退職時に世話になった生命保険会社の人が、小学校の校長をしていた人が退職した時の例を出して、こんなふうに生活しようと考えていらっしゃる方もおいでだと話してくれたことがあった。その元小学校校長は、自分の時間割を作り、それに合わせて生活しようと思っていると言うのだ。そうすることでダラダラした生活にならないで済むとのことだが、私にはそこまでする気はない。
時間割を作るというのはいかにも元校長の発想で効率が良さそうだが、時間に縛られることに変わりはない。そんなに構えなくてもいいのにとも思うが、その日に目が覚めて、さて今日は何をしようかと考えなくてもやることがある、程度のやりたいことを持っておくのは大事な気がする。
それが私にとっては淡彩画ということになる。淡彩画というものがあるのは去年の7月に知った。それまで透明水彩絵具の存在すら知らなかった。これは面白そうだと思って最初に絵筆を持ったのが7月11日。あれから9ヶ月、まだ一年も経っていない。
たまたまブックオフで手にした一冊の本『淡彩スケッチを楽しもう 週末画家入門』(花城康雄著)との出会いが運命を変えた。それから独学で淡彩画の勉強を始め現在に至っている。
現在もまだ模写で勉強中だが、模写が一段落ついた暁には、伊豆の風景を気の向くままにスケッチして歩こうと思っている。(あ)

【写真】家の前の桜。

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ようやく開花した。静岡県公式ホームページの「さくら開花情報」によると、近所の「狩野川さくら公園」は4月5日現在で三分咲きとなっている。三島大社の桜も今日が開花、御殿場は「つぼみふくらむ」で開花はこれから。東京・上野恩賜公園の桜は今が満開。緯度からして東京より南の伊豆の桜が、東京に遅れてこれから満開になるというのが、どうもピンとこない。

【淡彩画】浮かび並ぶ雲(No.62)

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ポイントは「連なる雲は遠ざかるほど薄く弱く見えるので、森や建物など地面の実景の方が雲よりも強く、濃く見えるように描く」こと。
たくさん浮かんで並ぶような雲は、にじみやぼかし、ふき取りなどの方法を駆使すると手本にあるが、ふき取りはなんとかなるにしても、にじみやぼかしがうまくできない。真ん中の雲なんか、ナマコのイボみたいになってしまった。

【大仁・一二三荘】16:54〜17:25(3→3人)

【タイムラプス】4月5日(水)5:50〜8:30の伊豆長岡の空。20秒。

【歩数】2,725歩。