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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

五年目のブログ記念日四月馬鹿

2013(平成25)年4月1日にスタートしたブログ「いずぃなり」も5年目に入った。
毎日書いてきて今日で通算1,462ページ目。こうして数字だけ取り上げてみると結構すごいと思うが、中身を見たら大したことはない。読んでも何の得にもならないことをだらだらと書いているだけである。
私は時々読点を省略することがある。普通ここは読点を打つところだろうという場所でも意識してそうしている。そうすることで独特なリズムが生まれると思うからだ。これは山本夏彦翁のエッセーから学んだ。
他に文体として学んだ人に池波正太郎がいる。『鬼平犯科帳』の読みやすさ、読者をぐいぐい引きつける文体は実に参考になる。大江健三郎中野孝次の言い回しも多少混ざっているかもしれない。
私がブログを書くのは、世に何かを問うのでもなく、主張を述べるのでもなく、ただ単に書きたいから。身の周りに起こるさりげないことをいとおしみ、生きてあることの幸せを噛みしめたいから。
ただ単に書きたいのであれば日記だって一向に構わないのだが、ブログが日記と違うのは、ブログは書いている向こう側に読者がいることを意識するところ。ブログは見てもらうことを前提とした日記、とでも言えばいいだろうか。
だから、こんなことを書いたら読んでくれる人は何て思うだろうということは常に意識している。アクセス数の少ない私のブログでも、今日は何人の人がアクセスしてくれたかなと気になる。旧友とたまに会って、楽しく読んでるよと言ってくれるのが何より嬉しい。
毎日ブログを書いていると、ブログを書くために生活しているような錯覚に陥る。今では書くネタはないかという目でいろんなものを見る癖がついてしまった。カメラも、そう。ブログに載せる前提で被写体を選んでいる。
それって、果たして本末転倒だろうか。そうかもしれない。でも、ブログを書くようになったことで、いろんなことに積極的になったことは確かだ。これをやったらどうなるだろう、よしやってみよう、そこへ行ったら何が見られるだろう、よし行ってみようと思うようになった。それっていいことなんじゃないかな。少なくとも何もしないよりはいい。
さて、5年目のブログはどんなことが書かれるのでしょう。書く自分もとても楽しみです。(あ)

【写真】iMacの隣にMac miniを並べた。

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引越しの梱包を解き始めて、いの一番に開けたのがMac miniとモニター(ん? モニターとディスプレイの違いって何だ?)。パソコンは、あと、息子の置いていったWindowsパソコンがあるが、こっちは置き場所がないから多分梱包は解かない。そのうち処分する予定。
テレビの前の赤いのは windows10のタブレットPC一太郎専用機として使っている。図書館で調べ物などをするときはこいつを持って行く。

【淡彩画】青空に浮かぶ白い雲(No.59)

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ポイントは「雲の影は濃くなりすぎないように注意する」こと。
鉛筆の下描きはなし。雲だけだから、ひょひょいと簡単に描けると思ったが、これがどうしてどうしてなかなか手強い。何とか仕上げるのに2時間もかかった。

【タイムラプス】4月1日(土)6:13〜8:57の韮山方面の雨空。20秒。

【あやめ湯】17:35〜18:17(5→2人)

【歩数】414歩。