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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

おらが春詰めて親待つランドセル

【写真】親御さんの迎えを待つランドセル。

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放課後児童教室では、午後6時になるとテーブルに荷物を置き、テレビを見ながら親御さんの迎えを待つことになっている。テーブルに荷物を置くのは、迎えに来たらすぐに帰れるようにするため。
見るテレビは決まっていて、Eテレの「おじゃる丸」→「忍たま乱太郎」→「天才テレビくん」と、10分おきに6時半まで見る。「忍たま」のエンディング曲が流れる頃には迎えを待つ子は一人か二人だけになり、6時半を過ぎても猶待つ子はまずいない。6時半を過ぎた例は私の知る限り、これまで3回だけである。それも数分の遅れで、遅れる場合は必ず電話連絡が入る。
今日はテレビを見る時間まで残っていた子が14人もいた。普段はせいぜい5、6人程度なのに今日はやけに多かった。
それにしても、このテーブルの荷物の多さといったらなかなかのものである。ランドセル、ナップザック、水筒は毎日で、金曜はこれに黄色い横断バッグ(手提げの道具箱入れ)が加わり、時折、工作などの持ち帰りがあり、雨となれば傘を手に持つことになる。
ナップザックには着替えの体操着が入っている。私の勤める児童教室の子は、公立の小学校なのに制服を着用する。それで放課後に登所してくると、真っ先に体操着に着替え、脱いだ制服を畳まないでそのままナップザックに突っ込む。それでも制服が皺になることはないから、生地はいいのだろう。市の広報誌にはシーズンになると制服を「ゆずります」「ゆずってください」と必ず掲載される。制服って高いですからね。親同士の譲り合いは伝統としてあるようです。
親御さんが迎えに来ると、子どもはテレビの前からさっと立ち上がって、たたたと自分の荷物まで小走りする。悠然と歩く子はいない。迎えを待ち焦がれる思いが、そういう行動となって表れるのだろう。教室内は、いかなる時も走ってはいけないルールになっているが、この時だけはスタッフも黙認する。
子どもは玄関に親を認め、ランドセルを背負いナップザックを背負う。このナップザックの背負い方が一様で、ナップザックの紐を両手に持ってぽんと足蹴してランドセルの上に乗せるのである。男の子も女の子もそうする。あれって何だろう。その仕草が子どもにはいかにもかっこいいというふうに見えるんだろうか。
それで、せっかくかっこよく背負ったナップザックが、玄関で靴を履き替えるのにかがんでずるんと滑り落ちる。それが可笑しい。その子から水筒を受け取りながら、お迎えのお母さんも笑っている。その子はきっと明日も明後日も同じようにナップザックを蹴上げては後頭部に滑らすんだろうなあ。(あ)

【淡彩画】初秋の岩峰(No.38)

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ポイントは「日向の斜面はごく薄く塗って明るさを強調し、日影の暗さには青紫系色を多くしたグレー系色を使って描く」こと。
青紫系色といっても、ほとんど水色の影になって初秋の感じがちっともしない。氷の塊みたいな岩肌になってしまった。
手前のごつごつした岩の斜面は、イメージどおりに描けたと思う。

【あやめ湯】18:33〜19:10(1→4人)。

【タイムラプス】3月8日(水)6:04〜8:16の伊豆長岡の空。33秒。

【歩数】3,990歩。