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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

ランナーの群れ飲み込んで春岬

三浦マラソンの応援に出かける。

三浦マラソンは今年で第35回。ということは、私が騙されてハーフを走ったのは第8回(1990年)になるか。もっと歴史ある大会だと思っていたが意外に浅い。

騙されて、というのは、当時勤めていた茅ヶ崎の高校の同僚が、一緒に走ろうと私に声をかけておきながら、大会当日に(何の連絡もなく)来なかったことを言う。

私は第22回(2004年)にも三浦を走っている。こちらは10キロ。勤務していた横浜の高校が新しく統廃合になる年に、記念に走りませんかと当時の同僚に声をかけられて走った。結果は惨憺たるありさまで、制限時間を優にオーバーしてゴールしたものだ。以来、私は走るのをやめた。やめて、その時に一緒に走った同僚の応援に徹することにした。

朝6時前に家を出る。孫娘が起きていて、玄関で靴を履いている私に行ってらっしゃいを言う。憎まれ口をたたくようになった孫だが、こういうところはまだあどけない。

大船駅横須賀線に乗り換え、終点久里浜駅京浜急行にまた乗り換え、10分乗って三浦海岸駅で下車。呑み友ランナー一行は既に到着していて、なんと、集合時刻に遅れた私を待っていてくれた。応援する側がランナーを待たせるのだから、立場が逆で恐縮してしまう。おまけに呑み友は私にスペシャルドリンク(焼酎お湯割)&つまみを用意してくれていた。これまた逆の気配りで、応援される側に応援されてしまった。

駅前の、いつもは満開の河津桜も、今年はすっかり葉桜になっていた。こんな三浦マラソンは初めてである。海岸に出ると、春の日がべた凪の海を眩しく照らしている。これまた、こんな穏やかな天候の三浦マラソンも珍しい。おそらく初めてではないかと呑み友が口にするくらい恵まれた天気だった。

午前9時にハーフマラソンがスタート。今回の応援隊は私ともう一人、三浦マラソン初参加という呑み友の元同僚の奥さん。二人でスタートラインから100mほど先の陣太鼓のテントの向かいでカメラを構える。そこで待っているからと伝えてあったランナー4人はカメラに気づいて合図してくれたが、伝えそびれた2人はあっという間に走り抜けたもので、シャッターチャンスを逃してしまった。

スタートの号砲から14分してようやく最後のランナーがスタートして行った。それを見送り、応援隊は荷物置き場のシートに戻る。そしておもむろに差し入れのスペシャルドリンクをグビッとやり出すと、もう一人の応援子はちょっとテントの方を見てくると言って、景品の三浦大根を山と積んだダンボール箱の向こうへ消えていった。

シートに脚を伸ばし、柔らかな春の日差しを浴びながらグビグビ呑っていると、ほどなく奥さんが戻ってきた。さつま揚げに似たマグロ揚げとイカ揚げを差し出し、美味しそうだから買ってきたと私に勧め自分も食べる。

いい気分だ、実にいい気分だ、そのままとろんと横になって寝てしまいそうだ。

学童の仕事をしているという話をしたら、昨秋、保育系に進学予定の生徒を引率して学童を訪問したという話になり、あれそうでしたかと盛り上がり、それから1時間ばかり共通の話題で親しんだ。

トップのランナーが帰って参りました、というアナウンスがあったのを汐に腰を上げ、二人でゴール地点へ移動する。

私はゴール地点に設けられた櫓の一段目の足場に陣取り、では私はスタートの時と同じ場所でと言う奥さんとそこで分かれた。シャッターチャンスを逃すまいと、ブルーのユニホームを注視するのだが、このブルーって色がやたら多くて困った。結果、2人のランナーを認めるのがやっとで、残り4人のランナーを見落としてしまった。全員の勇姿をカメラに収めたかったが、残念、去年に引き続き、またしてもシャッターチャンスを逃してしまいました。皆さん、ごめんなさい。これじゃ何しに応援に行ったんだか分かんないね。(あ)


【写真】風船が飛ぶ三浦海岸の空。風船が飛んだのは初めてじゃないかな。

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ゲストのQちゃん。この後、下に降りて、帰ってきたランナーとハイタッチしていた。

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【淡彩画】早春の高原と山(No.35)

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ポイントは「少しずつ鮮やかに描く」こと。

山頂から麓に向かって少しずつ鮮やかな緑系色を増やし、徐々に色調を変化させることを意識した。


【歩数】7,486歩。