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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

風光る淀みの渦の形して

今朝はiPhoneテザリングがうまく機能しなかった。

長男にポケットWiFiを譲って以来、伊豆でのインターネット接続はもっぱらiPhoneテザリング機能に頼っている。テザリングとは、スマホをモデム代わりにしてパソコンをインターネットに接続させる機能のことで、これが今日、突然、接続できなくなってしまった。原因は分からない。

接続が切れると、パソコンで打ったブログの下書きがiPhoneに移せなくなる。何が困るって、これがいちばん困る。

私は電車での移動中以外は、つまり藤沢のマンションでも伊豆の家でも、パソコンのEvernoteでブログを書いている。インターネット接続中はEvernote間で自動的に同期されるから、iPhone側のEvernoteにも同じものがその都度保存されて重宝である。

そして、Evernoteに保存した下書きをブラウザのsafariにコピペし、写真を添え、Facebookからタイムラプス動画のリンクを貼り付けてアップする。

テザリングの不具合で今日はEvernoteでの同期ができなくなった。それでどうしたかというと、パソコンで打った同じ内容を、とほほ、iPhoneで打ち直したのである。こんなことをしたのは初めて。我ながら情けなく泣きそうになってしまいました。

それこそ無駄の極致です。そんなことまでしてアップしなければいけないブログなの? と自問してしまいます。

iPhoneでの文字入力は両手を使うフリック入力で行なっていて、入力のスピートはそれほど遅くないと思っているのだが、それでもパソコンの画面から写し終えるのに30分もかかった。出勤時刻が刻々と迫るにつれて焦って入力ミスを連発したせいもある。それで昼飯を食う時間がなくなった。

そこでまたしても、昼飯よりもブログアップのほうが大事なのか? という声が聞こえてくる。

そうです。大事なんです。せっかくまとめたその日の思いを、無かったことにするわけにはいかないのです。なぜ? 私がその日にやったことや思ったことを見える形に残すことが、取りも直さず私がその日を確かに生きたという証になるから。

人は、いつ生まれてくるか分からないように、いつ死ぬか分からない。しかし確実に最期の時はやってくる。その日は、今日かもしれない。明日かもしれない。少なくとも一年先、十年先という保証はどこにもない。それなのに人は、確実に明日がやってくるという錯覚の中で生きている。明日はないかもしれないというのに。

私はこのブログで何度となく書いた。私がこうして毎日ブログを書いているのは、生きたくても生きることを許されなかった人のための「祈り」のつもりだと。東日本大震災の起こったあの日のことを忘れないために、これからも祈り続けようと思っている。

私には祈ることしかできない。それはもちろん私が勝手にそう思っているだけのことなのだけれど、だけど、そう思う心が今の私にブログを書かせている源のような気もするのです。(あ)


【写真】稚児ヶ淵の淀み。

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日曜に行われた市の駅伝大会の応援の帰りに撮った。そういえばしばらく雨が降っていないなあ、おや、淀みの向こうに浅瀬の底が顔を出している、これから雨が降る予報だから、浅瀬が顔を隠す前に撮っておけ、と思って撮った1枚。それから間もなくして雨が降りだした。


【淡彩画】ひまわり(No.11)

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ポイントは「花びらに影をつける」。なるほど、影を描くと立体感が出る。影はやや茶色がかったグレー系色で描いた。


【あやめ湯】18:40〜19:10。2→1人。


【タイムラプス】2月9日(木)6:32〜8:41の韮山方面の雨空。32秒。

https://www.facebook.com/aisakajiro/videos/10212009183767102/


【歩数】1,992歩。