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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

初売の袋に嬉々と淑女の手

平成29年、西暦2017年が始まった。こうしてまた一つ新しい年を迎えられたことを、まずは何より喜びたい。

新しい年を迎えると、人々は「明けましておめでとう」と挨拶する。どうして年が明けるのがめでたいのか。今頃になって気になってちょっとサイトを覗いてみた。すると、冬至の日に天の岩戸に籠もった太陽が、元旦に天の岩戸から出てくる神儀に由来すると、あるブログ(https://transpace.jp/nihongo/akemashite/)で説明していた。神道に造詣の深い方らしい。

元旦の初日の出を尊ぶのはその名残で、太陽が天の岩戸に籠もるのは次の動きを準備するため。「岩戸」とは「斎処(いわと)」を意味し、「斎」は祝う・祭るの意に通ずる。太陽は新しい年の動きを携え、元旦に籠もりの斎処から出てくる。それを人々は「明けまして」おめでとうと祝う…。

なるほど、(太陽の)「次の動き」とは、五穀豊穣の恵みをもたらす動きのことであるか。充電を終えた太陽が、エネルギーをたっぷり携えて人々の前にお出ましになり、人はそれを喜びをもって迎えるというわけね。

へええ、当たり前のように使ってきた「明けましておめでとう」という挨拶には、そういう意味があったんだ。調べてみるもんだねえ。

それはともかく、明けてめでたい新年ではあるが、私にとってのめでたさは、生き長らえて年を越せたことによるめでたさである。もう少し人生を楽しめと天の声が言っているので、今年も楽しませてもらおうと思っている。

で、今年はどんなことを楽しませてもらおうかな、と考えて、あれもこれもと欲張らずに、大きく二つに絞ってみた。

まずは、毎日ブログを書くこと。第一に挙げるのはこれでしょう。今やブログを書くことが、飯を食う(酒を呑む)のと同じくらいに生活の一部になってしまっている。

内容は、相変わらず何の役にも立たないどうでもいいようなことばかり。だけど、だいたい人の役に立とうという気は元々ないから、自分が楽しめればそれでいいと思っているし、実際、書いている過程が楽しい。

生きている以上は毎日何かをしている。何もしなくても、何もしないということをしている。身の周りに起こるさりげない日常をいとおしみ書き綴るのが好き。そのことに何の意味があるのかと問われれば、だって人生そのものに意味なんてないんだから、好きなことをやればいいのさと答える。

死んでから、あの人は好きなことを好きなだけやったんだから幸せもんだよ、と言われたい。

もう一つは、淡彩画。こちらはまだ技量が伴っていないし、これで将来金を稼ごうなんて気は毛頭ないから、趣味として、まあ、気楽にのんびりやりますよ。

今年はこの二つに絞ります。

さてさて、どんな年になりますことやら。

それではぼつぼつ、いざ、参ろうか。(あ)


【写真】夕方のテラスモール湘南。西の空に月齢2.8の月と金星が見える。

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年賀状の返事を投函しがてら、孫へ福袋を買ってやろうとテラスモール湘南に出かけた。その前に、孫には文房具がよろしかろうと、先に文具スーパーに行ったのだったが、こちらは明日1月2日から営業と貼り紙があり、今日は休み。

元日だから、店はどこもかしこも休みだろうとは思ったが、せっかくだから試しにテラスモール湘南へ行ってみようとそっちへ行ったら、やっていた。

最初にLoft、次に有隣堂、隣のノジマを覗く。どの店も店頭に福袋を並べ、それを目当ての客で大賑わい。大賑わいはいいのだが、福袋の口が強引に開けられ中身が丸見えになっているのは、見苦しいことこの上ない。どんなお宝が詰め込まれているか覗き込みたい気持ちは分からないではないが、中身を知らないで買うのが福袋というもの。閉じた口を無理に開けるなんて、そんなみっともないことをしてはいけません。

他にスポーツ用品店、手芸店も回ってみたが、孫がもらって喜びそうなものはなかった。結局、文房具がいちばん無難だな。明日改めて文具スーパーに行ってみます。


【歩数】8.095歩。